あるとき突然息苦しくなり、救急車を呼び、病院に運ばれた——。


 というときに、ドクターが内心「この病気はわからない」「どうやって治療したものやら」と考えていたとしたら……?

 

 知っていた施設は44.3%。実際に臨床で経験した施設は4.5%……。
02年、日本全国の救命救急センター(99年1月時点で登録されいた142施設)を対象とした『HAE』についてのアンケート結果である。

 

『HAE』とは、遺伝性血管神経性浮腫(hereditary angioneurotic edema)のこと。最近では病態が明らかになるにつれて遺伝性血管性浮腫と呼ばれることが多くなっている疾患だ。

 

 一体、どのような症状なのか?


 まずは、こちらのサイトの画像を見ていただきたい。


<http://www.hereditaryangioedema.com/pamphlet.php>

 

 上から3番目の女性の写真。左が平常時、右が発症時のものである。このように浮腫ができる病気だが、驚くべきはこの変化が「発症から数時間足らず」で起きることだろう。写真では顔に病変が起きているが、これが消化器で、あるいは喉頭部で起きた場合、早急に適切な治療がなされなければ命に関わる可能性もあるという。

 

 今回取り上げるのは、CSLベーリングメディア勉強会での講演「医療現場で見逃される遺伝性血管性浮腫とは」(医療法人社団望星会、順天堂大学医学部腎臓内科客員准教授・大井洋之氏)。ドクターにも良く知られていない『HAE』の現状について聴いた。

 

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 疾患の診断において一番大切なことは、いうまでもなく「疾患を知る」ことです。疾患の実態を知り、症状を見て疾患の可能性を疑うことができれば、診断は容易なものです。本日のテーマである『HAE』の問題は、多くのドクターに疾患自体が認知されていないこと、つまり「疾患が知られていないこと」にあります。


『HAE』は、日本で稀な疾患とされ、つい最近までは一部の医師や補体研究者のみに知られている疾患でした。顔や手など体表に認められる局所性の浮腫は、痛みやかゆみといった症状もなく数日で自然に消えることもあり、多くの場合、原因不明の浮腫として扱われてきました。呼吸器や消化器にも浮腫が出現し、激しい症状をきたすこともほとんど知られていませんでした。

 

『HAE』は、補体の制御因子であるC1インヒビター(C1INH)の欠損により起きます。その症状は、全身の様々な部位に突然、局所的浮腫が出てくるというもので、顔、手はもちろんのこと呼吸器、消化器などにも浮腫が出現します。診断には補体成分(C1INH、C4)を測定する必要があり、その治療にはC1INH製剤による補充療法が有効です。

 

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 C1INHの遺伝子異常による起きる『HAE』。補体系、凝固系、線溶系、キニン系などを制御する多機能たんぱくであるC1INHの欠損により、ブラジキニン(血圧降下作用を持つ生理活性物質)の産生が亢進。ブラジキニンには高い血管透過性亢進作用があることから、浮腫が発生するという。


 誤解を恐れずに言うなら、

 

 ・血液の免疫反応全般を制御するC1INHが欠けることで


・血管透過性作用を持つブラジキニンがたくさん出来てしまい


・結果、血液中の水分が血管から漏れて、全身各所に浮腫を発生させる

 

  というプロセスにより浮腫ができるという疾患といえそうだ。

 

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『HAE』の患者数はどの程度いるのでしょうか。欧米では5〜15万人に1人程度とされています。日本では大規模な疫学調査が行なわれていないため有病率はわかりません。特筆すべきは喉頭浮腫です。喉頭部に浮腫が発生したにも関わらず、適切に治療されない場合、その致死率は30%に及びます。また、あらゆる年齢で発症することも特徴的です。


 ではどのように診断するのかといえば、C1INH活性及びC1INH定量検査やC4、CH50測定(低下は『HAE』が疑われる有力な目安)、C1q測定(後天性血管性浮腫との鑑別の目安)により診断します。ヒアリングで家族歴がわかり、C4測定で低値が出たら、C1INH活性、C1q測定を行うことで『HAE』か否かを特定できるでしょう。ここまで診断がつけば、必要な治療(多くの場合はC1INH製剤による補充療法)を施すことができるはずです。

 

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 ここまでの大井医師の話からわかることは、「『HAE』は、診断する医師が疾患のことを知ってさえいれば、十分に診断、治療が可能」ということ。診断を確定するために外科手術などを必要とせず、C1INH製剤という有効な治療薬があるため、診療科に関わりなく治せる疾患なのだ。

 

 実際、『HAE』による浮腫が関わってくる診療科は、救急、消化器科、耳鼻咽喉科に止まらず歯科(治療中、歯茎などに突然浮腫ができる)、皮膚科、一般内科など幅広いものだ。もし全ての医師が『HAE』を知っていれば、いつどこで重篤な症例の患者が発生しても、難なく救命できることだろう。

 

 しかし、現実は厳しいものだ。

 

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 2002年1月、全国の救命救急センターを対象に実施したアンケート調査(99年1月時点で救命救急センターとして登録されていた142施設を対象。回答数88施設)によれば、『HAE』を知っていたのは39施設(44.3%)。そのうち『HAE』を経験したのは4施設(4.5%)に止まっていました。

 

 これだけであれば、『HAE』自体が極めて稀な疾患であることから、認知度も低いといえるかも知れません。しかし一方で、『HAE』を知らなかったと回答した49施設のうち、14施設で「『HAE』と考えられる症例に遭遇した」と回答しています。救命救急施設でそれなりに受診されているものの、肝心の医師に疾患が認知されていないことの証左といえるのではないでしょうか。

 

 全国2100の医療施設から9279名のドクターを対象としたアンケート調査(回答率48.4%)でも、『HAE』を知っていたのは2013名(44.8%)に止まっています。診療科別に『HAE』の認知度を見てみると、皮膚科で93.2%、血液内科で60.3%と高く、以下、小児科(50.5%)、歯科口腔外科(45.3%)、呼吸器内科(42.0%)、救命救急科(41.3%)、耳鼻咽喉科(40.1%)、消化器内科(34.6%)、麻酔科(30.0%)、消化器外科(16.1%)となっています。

 

 こうして見ると、浮腫が現れる皮膚科、疾患の原因を探る血液内科で認知度が高いこと。治療中の浮腫が大きなアクシデントに繋がりかねない歯科口腔外科での認知度が、救命救急内科や消化器内科よりも高いことが注目されます。

 

 C1INH製剤の使われ方を見ても、東京近辺では多く使われている一方で、地方を見ると1人〜2人程度というケースも珍しくありません。治療薬の使われ方が人口に比例していることを鑑みると、潜在的な患者が数多くいる可能性もあるといえます。

 

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 急激に浮腫が出現し、場合によっては命に関わる疾患だが、診断、治療方法はともに確立されている。ただし、一番大切な「医師への認知度」だけが足りない——。勉強会の主催者であるCSLベーリングも、講師の大井医師も、思うところは「いかにして『HAE』のことを広く朝野に知らしめるか?」ということだろう。


「『HAE』を知っているのは補体の研究者が多い。しかし、日本における補体研究は基礎研究が多く、臨床の人が少ない」

 

「この講演の2日前に病院で他の医師、看護師を相手に話をしたら、かなりの人が『もしかしたらこの症状も……』といいはじめた。“むくむ”こと自体は珍しくないことだけに、伝え方の難しさを改めて痛感した」

 

 大井医師の言葉だ。遺伝性の疾患でもあるだけに、その情報伝達には最大限の注意を払う必要もあろう。ともすれば、よりセンセーショナルに取り上げがちな我々にとっても自戒すべきことだ。

 

『HAE』は極めて珍しい疾患だ。浮腫やむくみがでたからといって、なんでもかんでも『HAE』に結び付けて考えるのは軽率だろう。しかし、「たびたび急激にむくむ」「むくんでも痛くも痒くもない」「そういえば母、祖父にも同じような症状があった」……といったことが自分で確認できたのであれば、次に医師に診察を受けるとき、こちらから『HAE』についての注意を促すこともできよう。これを機に、『HAE』について理解を深めてみてはいかがだろうか。

 

より詳しく知りたい方は、CSLベーリングが運営する


All About HAE<http://www.allabouthae-jp.com/default.aspx>を参照していただきたい。(有)