鉄道各社が終電の時刻繰り上げを発表している。理由は各社とも新型コロナウイルス禍で大幅赤字が出ているからだ。首都圏の通勤客で利益を上げているJR東日本は2020年第1四半期(4~6月期)は1500億円の赤字、JR西日本も800億円近い赤字を出し、ドル箱の東海道新幹線を抱えるJR東海も赤字は700億円を超える。むろん、通勤電車で成り立っている私鉄も同様で、鉄道大手18社の全社が赤字だという。新型コロナ感染で外出自粛とテレワークの推奨で乗客が急減したのだから当然だろう。とくにJRに比べ、私鉄は鉄道以外のホテルやデパートなどで収益を上げていたが、新型コロナでデパートもホテルも大赤字だから大打撃である。


 終電繰り上げについて「深夜の保線の時間が増えて保守作業の仕事が楽になる」と報道していたテレビ、新聞があったのには驚いた。深夜の保守作業は人手不足に悩んでいる職場で、機械化で効率を上げ、どうにか維持しているのが現状だ。そんな現場の仕事が楽になると言いたいのだろうが、どこかおかしくないだろうか。もともと終電は乗客が少なく赤字だが、公共交通機関としての社会的使命で走らせている。記者なら、そっちのほうがどうあるべきか報道すべきだろう。


 鉄道各社は下りの最終電車が終点に到着する時刻を午前1時半前後になるようにダイヤを組んでいる30分程度の終電を繰り上げることを考えているようだ。ということは、終電は都心の駅を0時ごろに出発することになる。終電には酔っ払いが多いが、終電の時刻が繰り上げられると、郊外に住み、遅くまで飲んでいたサラリーマンは今後、終電に乗り遅れないように気を引き締めて飲まなければならないだろう。


 終電繰り上げのニュースを聞いたとき、阪急の小林一三翁の話を思い出した。一三翁は米シカゴのホテルを参考に、出張したビジネスマンが泊まれるホテルとして第一ホテルを東京・新橋に建設した。建設するまでにいろいろ面白い話があるのだが、それはカット。ともかく、一三翁はホテルの開業のとき「10ヵ条」の経営術を残した。そのなかにホテルの宿泊料について「夜行列車で大阪に帰る料金より少し安くする」ということが書いてある。一三翁の発想は、出張で東京に来たビジネスマンが夜行列車で帰る料金より少し安くすれば、夜行列車に乗らずホテルに1泊し、翌朝一番の列車で帰るようになるからホテルは成り立つ、というものだ。


 この10ヵ条を守り、第一ホテルは成功したのだが、その後、バブルに踊って新館をつくり、宿泊料も一流ホテル並みになった。バブル時代はそれでもよかったが、バブル崩壊で第一ホテルは客が激減し苦境に陥った。今は再建され健全なホテルに変わったが、当時、ホテルマンたちは「小林一三翁の10ヵ条を守らなかったからだ」と語っていた。


 いま、翁の発想を取り入れたのがカプセルホテルである。出張族だけでなく、終電に乗り遅れた人や、仕事で遅くなったサラリーマンの利用で繁盛している。東京、大阪の鉄道の終電が繰り上げになると、乗り遅れたサラリーマンは嫌でもカプセルホテルに泊まるしかなくなりそうだ。


 実は、終電の繰り上げはかつて西武鉄道で持ち上がったことがある。言い出したのは当時のオーナー社長だった堤義明氏である。彼は次男だが、父親から西武グループの中心事業である鉄道やホテル、ゴルフ場などの事業を受け継ぐ。育て方も早大の商学部観光学科の同級生と暮らし、父親の康次郎氏から顔の洗い方や洗う時間まで厳しく言われるなど、帝王学を徹底的に教えられて育った人物だ。


 同級生は卒業後、西武鉄道に入社し、義明社長の側近になっていたが、義明氏は唯のワンマン社長ではない。自ら米国のゴルフ場設計者を招き、最高のゴルフ場をつくったり、最高級のシティホテルをつくったりしている。しかも、アイデアも豊富で、例えばいまではどこでも見かけるが、吸いかけのタバコを置く部分をなくした灰皿を考案している。タバコを置く部分がないため、タバコの火が燃え進むと自然に灰皿の中に落ちる仕組みである。これはホテルニュージャパンが宿泊者のタバコの不始末から出火して大勢の死傷者を出したことから考案したものだという。


 また、最高級のホテルをつくったとき、料金が高いため宿泊者が少ないのだが、視察に来た義明氏は空き部屋の電気をすべて点けさせ、外部から見ると、満室のように見させたという話もある。現場にも足しげく通う人物だったのだが、あるとき、終電を見回ったとき、ろくに乗客がいないのを見て、「終電を30分早めろ!」と命じたのだ。慌てたのが西武鉄道の幹部だ。ワンマン社長の言うことは絶対だったのだが、このときばかりは「それだけは勘弁してください。終電を早めたら、運輸省(当時)から問題にされるし、社会的使命を果たしていない、と批判されます」と泣かんばかりにお願いして撤回してもらったという。


 いま、新型コロナで鉄道各社が大赤字に陥ったことに加えて、テレワークだの、コロナ時代の新しい生活様式への転換だの、さらに働き方改革も求められているせいなのか、終電繰り上げの意向に反対の声は少ないようだ。これが新生活スタイルへの転換ということなのだろうが、まさに隔世の感がする。(常)