新型コロナ感染症が広がった4月ごろから、東京都ほか各地で軽症の感染者をホテルで受け入れた。


 幸い日本では感染者の数が爆発せず、死亡者が大きく増えなかったことで「医療崩壊」を免れることができた。ただ、病院での感染を防ぎたい患者が受診を回避したことで経営状態が悪化する病院が増えたり、感染リスクのなか勤務したにもかかわらず「ボーナスゼロ」を提示された(のちに支給に変更)東京女子医大の看護師400人が退職を希望したりするなど、混乱が広がった。


 新型コロナ感染症に対し医療資源が不足する一方で、需要が消失し経営悪化に陥る病院がある――。


 その背景にある日本の医療の構造的な問題を、各種データやファクトをもとに浮き彫りにしたのが『日本の医療の不都合な真実』である。


 実は日本は約160万床と人口あたりでは世界一の病床数を誇る。にもかかわらず、〈新型コロナ感染対策病床として使用できた病床は、全国で3万1000床しかありません(2020年7月10日時点)〉という。


 病床数に、他の先進国では別カウントにしていることが多い精神科(〈異次元レベル〉の水準)も含むこともあるが、新型コロナウイルスが猛威をふるった欧州で、医療体制が崩壊しなかったドイツとは、対応に大きな違いがあった。


 感染が広がるなか、ドイツでは〈数週間で一気に一般の病床を感染症のための病床に切り替え〉た。また、〈各町に一つのクリニックを指定してコロナ専門クリニックにした〉〈広域地域(市レベル?)に一つの病院をコロナ感染症専門病院として全国にまんべんなく配置・運営しているので、市民はコロナ感染を疑ったときの次の行動に迷うことは一切なかった〉という。


 ドイツでは、病院の約65%が公立・公的病院で、行政からの指示・命令が行いやすいという点があるにしても、PCR検査や感染の疑いのある患者の受診をめぐって右往左往した日本とは雲泥の差がある。


 医療システム上の問題として、〈日本の病院が常に満床を目指して運営されており、想定外の事態のために空床を確保しておく余裕がとりにくい〉〈昔取材した病院の事務長に“満床にするテクニック”を披露されたことがある〉などの問題があったにせよ、「日本で欧州並みの感染爆発が起きていたら……」と考えると、少し怖くなった。


■病床数と平均寿命は無関係


 これからの医療体制を考えるうえで、踏まえておきたいのが第4章の「日本の医療をめぐる7つの誤解」だ。〈病床が多いと平均寿命が延びる〉〈医師が忙しすぎるのは医師不足だから〉〈地域の病院は減らしてはいけない〉といった7つの誤解を解いていく。


「病床が増えると医療費が増える」という肌感覚はあったのだが、データで見るとよくわ分かる。例えば、10万人あたり病床数が日本一の高知県が1人当たり入院医療費も最も多い。掲載された入院医療費(年齢調整後)と病床数の関係は、見事なまでに相関関係にある。まさに「病床を埋めるために入院が増えている」状態だ。一方で、病床数と平均寿命は関係がない。


 病院経営で「公的病院の赤字」はしばしば問題視される。しかし、健康保険も税金等同様に“公的資金”と考えれば、公的病院の赤字はごく一部にすぎない。もちろん赤字でよいとはならないにしても、〈病院は収益ではなく「成果」で評価されるべき〉という視点は、目からウロコだった。


 何をもって「成果」とするかは難しい部分もあるが、財政難のなか、医療資源を最適化するうえで、公的病院の再定義と機能の充実を目指した再編は必要だろう。


 医療資源の有効活用や、新興感染症などへ柔軟に対応できる医療システムの再構築を考えるうえで、欧州で発達している「プライマリ・ケア医」の仕組みは参考になる。


 日本でも「総合診療医」は存在するものの、正直なところあまり認知されていない(鳴り物入りで作られた専門医も不人気のようだ)。欧州のプライマリ・ケア医は、〈病気を「総合的に診る」ことは当たり前で、さらにその上の、心(心理)、体(病気)、さらに社会(地域)の三つをすべて診る〉。


 加えて、欧州の〈家庭医の報酬は何人の住民に登録されているか、その人数で決まることが多く、いわゆる出来高ではありません〉。


 日本の場合、診察回数を増やすほど、検査をするほど、薬を出すほど、儲かる構造だ。欧州型の家庭医は、過少診療になりかねないリスクはありそうだが、無駄な診察や検査、薬の処方は減りそうだ。長年新しい医療を学んでいない医師が淘汰される可能性もある。


 コロナ禍でリモートでの診療や処方が解禁されたことで、「やればできる」を実感した医師や患者は多かったはずだ。本書でも紹介されている、高齢者の「生活の場」を作ったスウェーデンの「エーデル改革」など、時間をかけて大きな改革に成功した例もある。


 コロナ禍が「最適な医療体制」を改めて考える契機になれば幸いである。(鎌)


<書籍データ>

日本の医療の不都合な真実

森田洋之著(幻冬舎新書840円+税)