●食傷する通販広告の洪水


 少し目に余ると思っている人は私だけではないと思う。どうにかならないものか、サプリメントの広告の増大、野放し状態。コロナ禍の中での巣ごもり状態が長期化し、たぶん通販市場が絶好調なんだと推測する。テレビも新聞も雑誌も、通販商品や、通販業者の広告で溢れ返っている。


 筆者は新聞にわりに熱心に目を通すほうだと思うが、新型コロナ感染が伝えられて以降、とくにダイヤモンド・プリンセス号の連日の報道の辺りから、新聞広告からデパートや不動産などの広告が減り、トラベルツアー広告は一気に消えた。ただ、トラベルツアーはGO TOキャンペーン以後、猛烈な勢いで息を吹き返したけれど。新聞に折り込まれるチラシも、スーパー、学習塾は一時期まったくみられなかった。


 通販がこれにとって代わるのはもはや必然で、ついには大手紙にも精力強化関連のサプリ広告が登場した。一瞬、スポーツ紙かと勘違いしそうになった。


 テレビ番組も通販広告で埋め尽くされている。少し細かいことになるが、ケーブルテレビ局の映画や野球中継では、挟まってくるCMはほとんどがサプリメントではないか。そして、そのうちの露出力の大きい数社は、判で押したように男女ペアのタレントが現れ、途端に男のほうが「うれしいお知らせです!」と叫ぶ。慌ててボリュームを下げる行動を何度繰り返したことか。その男性タレントが叫び始めると、不快感がこみ上げるようになり体調も崩れる。いい迷惑なのだ。そして思う。たぶんすごい勢いで売れているんだなぁ。


●サプリに月20万円を遣う健康オタク


 少し前なら、「健康のためなら死んでもいい」というのは完璧なジョークで、漫才のノリツッコミの定番だった。「病院に来ないから病気じゃないのか」と並ぶ冗談フレーズ。


 しかし、最近のサプリメントの狂騒ぶりをみると、日本人は本当に健康オタク化しているんだと確信するようになってきた。コロナのせいではなく、これは日本の高齢化が進行していることが市場の爆発的拡大の最大理由だ。団塊世代の最後の人たち、1949年生まれはあと4年弱で後期高齢者になる。お金も持っている。こんなおいしい市場はサプリメントビジネスが放ってはおかない。「Forever Young」なんて幼稚な連呼をされて恥ずかしくないのか。49年生まれに連なる筆者は恥ずかしくてしょうがない。


 数年前に久闊を叙した筆者の友人は、肩こりが酷い、飛蚊症だ、坂を上ると動悸がする、などと健康不安を並べ立て、毎月20万円近くをサプリメント購入に充てていると明かし、筆者を仰天させた。筆者が何もしていないと伝えると、今度は友人が仰天した。


 最近のテレビCMをみると、どうやら友人のほうが多数派なのではないかと思い始めた。筆者も強がっているわけではない。飛蚊症には気づいているし、狭心症の既往歴もある。BMIも25を出たり入ったりだ。でも、サプリでこれが軽減するとは信じられない。狭心症で倒れて以来、タバコはやめた。晩酌も往時の3分の1くらいだ。飲み会があるとそういうわけにはいかないが、今年はその回数もコロナ禍で激減した。


●行動の背中を押したのは喫煙リスク周知か


 こうした日本人の健康観はどうしてつくられたものなのだろうか、という疑問が筆者には以前からこびりついて離れない。この疑問の解消の糸口として、喫煙率を指標にしてみよう。


 国立がん研究センターの統計によると、2018年の成人喫煙率は男性29.0%、女性8.1%、男女計17.8%。5割を超えていた95年以降減少が続き、とくに20歳代の若年者、60歳以上の高齢者に喫煙率が低下する傾向が顕著だ。国はがん対策推進基本計画で22年度までに成人喫煙率を12%にする方針を掲げているが、これが達成されるかどうかはともかく、喫煙率をほぼ半減化することには成功しつつある。喫煙率の低下は、たばこ料金の値上げという要素もあるが、やはり「健康志向」ということに尽きると考えてもいい。


 しかし、この結果に水を差す論調もある。喫煙の害がいわれる最も大きな理由は肺がんリスク。実は肺がんは95年とクロスする形で死亡率は上昇を続けてきた。そのため、喫煙は肺がんリスクではないという見解が一部メディアで出回ったことがある。しかし、がんの専門家は現在の肺がん死亡率の上昇は高齢化に伴うこと、喫煙率低下の効果を確認するには30年のタイムラグがあると口を揃えて、喫煙と肺がん無関係説は一蹴された形になっている。


 いずれにしても、肺がんリスクを恐れて、喫煙率が下がったということは認めてもいいだろう。そうすると、日本人の健康意識確立の時期は喫煙習慣の低下から始まると考えられるが、実は喫煙率そのものはピーク(84%)だった66年以後ずっと低下し続けているのである。そうすると、喫煙は肺がんリスクが叫ばれる前から、日本人には一定の健康ネガティブ嗜好品という印象があったと推定できる。国民皆保険制度が始まったのが61年。その5年後から、いわば「健康」の概念が定着していったとも推論できる。喫煙率を指標とすると健康意識の始まりの根拠は薄くなる。


●決定打になった「生活習慣改善」


 ただ、喫煙のトレンドを指標にすると、日本人の健康概念がいつごろから定着し始めたのかはおぼろげながら推定できる。しかし、例えば曲直瀬道三や貝原益軒など、近代前から美食を諫め、健康意識の醸成を説いた人がいたという視点からの反論もあるかもしれない。


 しかし、彼らの時代の健康意識の必要は一部のエリート層だけに向けたもので、全階級に及んだものではない。戦後の高度経済成長下で、国民はほぼ等しく豊かになり、栄養状態の偏りも是正された。そこに「国民皆保険」という医療アクセスゲートが開いたことで、健康という意識が形成され国民的なトレンドに昇華したということは言えないだろうか。


 医療のアクセスビリティの改善は、健康概念を均一に醸成させる役割も担ったということができる。そのために、健康という目標が輪郭を明確化していき、それが高齢化という危機感の認識と相乗すると、生活習慣改善という新たな目標が登場することの背中を押したのである。健康は維持するから気を付ける、関心を持つに進化し、それが市場化してサプリブームの到来を招いているといえる。


●インフルエンザが流行しないのはなぜか


 だが、こうした健康観を覆すかもしれない、あるいは一定の引き潮の時期を早めるかもしれないという状況が生まれ始めている。コロナ禍だ。


 たぶん、多くの国民は「秋冬のインフルエンザシーズンの到来が第2波になる」という専門家の執拗な予測を信じ、受け入れ、準備を進めていると思われる。すでに始まったインフルエンザワクチンの接種希望者は、これまでにない数に上ることが予想されている。ところが、こうした推測を疑い始める声も大きくなり始めている。


 例えば、日本の19~20年冬のインフルエンザ。例年なら1月から2月にピークを迎える流行が、12月にピークに達し、1月に少し増えたものの3月中旬には収束した。流行規模も前年、前々年の半分以下にとどまった。この理由については、明確な説得力のある分析はみえていない。


 しかし、筆者も含めてなんとなく類推してしまうのは、ダイヤモンド・プリンセス号を契機に2月から本格化した、新型コロナ感染症に対する強烈な不安と予防策への関心の高まりだ。手洗い、マスク、うがいは瞬く間に国民に浸透し、マスク不足を生み、3密を避けない人や疑いのある人への同調圧力、感染者へのバッシングへと展開した。健康意識、衛生観念が強い国民性にそうした状況が重なったことが、前の冬のインフルエンザ早期収束に寄与したと素人目にはみえる。


 さらに、季節が逆のオーストラリアでは、9月までの今冬のインフルエンザ感染者数は昨年の7.3%、死者はわずかに36人と報告されている。どうやら、インフルエンザと新型コロナの同時流行の確率は低いのではないかという憶測が拡大し始めているのだ。


 こうした事態は何を物語っているのだろうか。メディアを軸とした「煽り」への反感が今後醸成されてくる可能性はないだろうか。そして「健康」を市場化し、それをビジネスチャンスにしてきたサイドへは、その煽りへの反転がないとは言えないと思える。「健康主義」が崩れる予感も筆者は感じる。みんな同じではなく個々に健康を考える、そんな時代のとば口をコロナ禍が早手回しに開けたのではないか。


 むろん、今回のシリーズは、サプリメントをやり玉に挙げることが目的ではない。地球規模での健康意識と健康観、そしてそこを批判的にみる論調を紹介しながら、日本における同調圧力による健康主義の行く末を占っていこう。次回からは数回にわたって、アンチ健康主義の読書をしてみる。(幸)