〈2020年現在、医療は完成期に入りつつある――〉
『未来の医療年表』は、今後10~20年程度の未来に、医療・ヘルスケアの世界で起こるさまざまな変化を予測する1冊である(著者は異なるが、大ヒットした『未来の年表』の医療版の位置づけだろう)。
近い将来、大きく発展しそうなのが、遺伝子解析による治療法の開発だ。本書では、がん(2035年にはほとんどのがんが治療可能になると予測)を筆頭に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や糖尿病についても解決できる可能性が高いとしている。
再生医療や人工臓器も有望分野だ。〈目や皮膚に関しては、人工臓器が天然の臓器に代替できる目処(めど)がついてきている〉。
逆に、当初の期待ほどに盛り上がらなそうな分野として取り上げられているのが、iPS細胞である。iPS細胞をめぐっては、日本発の技術ということで、〈限られた資金や人的リソースをiPS細胞に優先的に割り振る一方で、それ以外の周辺分野の予算の大半を打ち切ってしまうということが起き〉た。再生医療自体は非常に有望な分野であるだけに、〈国の科学技術戦略上、痛恨のミスであったことが、今になって明らかになりつつあります〉という。
肉体の健康もさることながら、高齢になるときになるのが「脳の健康」だろう。〈2025年、初の本格的認知症薬誕生〉という小見出しがついていながら、〈新たなブレークスルーがもう一つ必要なのだと感じられます〉と少々歯切れが悪いのが認知症の分野だ。
それもそのはず、この10年ちょっと、原因として、アミロイドβ説、タウ・タンパク質説が注目されてきたものの、いまだに新薬が登場していないからだ。
■遅れる法整備・制度改正
少し前に米IBMのAI(人工知能)「ワトソン」が難しい症例を見抜いて話題になっていたが、〈画像診断の精度に関しては、AIの診断は人間の医師の追随を許さないレベルにすでに達してい〉る。著者の見立ては「AI診察」が“主流”になるのは2030年というから、2~3年もすれば、新しもの好きの医師たちの間では、AIの活用が始まるかもしれない。
となれば、〈AI時代が到来する20年後の医師に求められるスキルは今とずいぶん違うものになるはず〉だ。今ほど医師の数もいらなくなる可能性もあり、〈多額の出費に見合うほどステータスの高いものではなくなっているかも〉しれない。
いまや唯一の“食いっぱぐれない資格”となった医師免許も、将来にわたって安泰というわけではないのだ。求められるスキルの変化が大きいだけに、著者が推奨している「医師免許の更新性」が導入されれば、不安定な資格となるはずだ。
そうなれば、〈知的能力の高い全国の高校生、浪人生の成績上位者の超上位層のうち半分以上が医学部に進学する傾向がかなり長く続いている状況〉も終わる。成績優秀者が医学部ばかりをめざす問題については、かつて取材した医科大学の学長も「日本の社会にとってそれがいいのか」と本気で懸念していた。
医療の進歩は大きなものとなりそうだが、それに対応する制度や法整備は時間がかかりそうだ(技術や社会の変化に制度や法律がついていけないのは、医療に限った話ではないが……)。
AI診療に対応した医師法の改正や安楽死法の制定は2032年頃と著者は予測している。コロナ禍でオンライン診療が一時解禁されたように、現行法では処理できない象徴的な事例・事象が起こらなければ、前倒しは難しいかもしれない。
最先端の医療が扱う疾患や、その疾患の患者の規模が変われば製薬会社のビジネスや研究開発のあり方が変わってくる。AI診療が発展して、必ずしも医師でなくても済む分野が広がれば、薬剤師や看護師といった医療専門職の役割や仕事も変わるはずだ。
さらりと制度関連年表に書かれていた〈2028年 国民皆保険負担率5割に〉が現実のものとなり、AI診療の精度が上がれば、掛け声倒れの感もあった「セルフケディケーション」の存在感が一気に増してくる未来もあり得る。
医療の世界の将来予測を知ると同時に、それを起点に、未来の医療に関して、あれこれと妄想を広げてみるのも、本書の楽しみ方のひとつである。(鎌)
<書籍データ>
『未来の医療年表』
奥真也著(講談社現代新書900円+税)