勤務先の薬用植物園でも自宅の庭先でも、ジョウビタキがさかんにさえずる季節になった。よく通る甲高いそのさえずりを聴くと、乾いてひんやりしてちょっと静かな秋の空気を感じる。そんな時に想像するのは、ジョウビタキの特徴的な腹側の体色が山吹色なせいか、黄色く黄葉した木々の景色である。



 秋の紅葉は文字通り、木々の葉が赤く色付いたのを楽しむことが多いが、黄色く色付くものもある。代表格がイチョウ(銀杏)だろうか、他にトウセンダン(唐栴檀)、ムクロジ(無患子)、エノキ(榎)、ユリノキ(半纏木)なども赤くなるよりむしろ黄色くなる。黄色い色素は緑葉の時から葉の中に存在しているが、葉緑素が多いために目立たず、落葉前になって緑色の色素が分解されて無くなるにつれて、ようやく見えるようになるものらしい。



 とりどりに色づいた葉はやがて全部茶色くなってしまうのが常だが、落葉しても、またそれからしばらく経っても黄色いままなのがイチョウである。扇形で縦筋の葉脈しかない葉の形といい、茶色くならない色の変化といい、イチョウは一風変わった特徴をもつ木である。



 変わっているのは次世代の作り方も、である。イチョウの木に雄と雌があることは多くの方がご存知と思うが、その花をご覧になったことはあるだろうか。イチョウは古い時代からあまり姿を変えずに生きながらえてきたと考えられており、雌の卵に向かっていく雄の生殖組織は、花粉ではなく、運動する鞭毛を持った精子のようなものであるらしい。らしい、と書くのは、筆者自身もそれを見たことがないからである。イチョウの精子は水のあるところを鞭毛を動かして移動していき、卵子にたどり着くのだ、とか、これを世界で初めに発見したのは日本人研究者だった、ということは本で読んで知っているものの、顕微鏡を使えば観察できるというイチョウの精子が1本の木で観察できるのは1年のうち5月から6月の数日間に限られるそうで、お目にかかるのは難しそうである。


 イチョウの果実は銀杏(ギンナン)で、食べるとしたらこちらの方だが、ヨーロッパで薬用に、日本では健康食品に、それぞれ利用されているのは葉の方である。漢方薬のようにそのまま乾燥葉を水で煎じるのではなく、有機溶媒で抽出してエキスにする。ヨーロッパではアセトンで抽出したエキスに脳血管血流改善作用が期待できるとして、中年期以降の記憶力の低下予防等に使用されている。日本では、このヨーロッパで流通している同じものが西洋ハーブ医薬品として認められる可能性があるものの、現状ではそのような製品はなく、医薬品としての取り扱いはない。日本でイチョウ葉エキスとして販売されているものは健康食品で、食品であるのでアセトンという有機溶媒の使用は認められていない。したがって、食品に利用可能な水エタノールで抽出したエキスがイチョウ葉エキスとして販売されている、ということらしい。


 抽出溶媒が異なると、エキスに含有される成分も異なっていると考えるのが当然で、日本で健康食品として販売されているイチョウ葉エキスに、ヨーロッパで医薬品として販売されているイチョウ葉エキスと同じ効果が期待できるのかは疑問である。さらに、イチョウ葉にはギンコール酸という、アレルギー反応など健康被害事例の原因となる可能性が高いとされる成分が含まれており、ヨーロッパのアセトンエキスにはこの含量の上限値が設けられて管理されているが、日本で使われる水エタノールエキスにギンコール酸がどれほど入ってくるのか、心配が残る。


 現在の日本の薬事承認制度のもとでは、新薬には厳格なエビデンスの提示が求められるため、効能効果をひとつの化合物で説明しきれない天然物やそのエキス類は、新薬として認められる可能性はほぼゼロであると言ってもよいだろう。そうすると、欧米では一般用医薬品として流通している植物エキス類等が、日本では健康食品として販売されるという状況が出現する。この状況を是正するべく一般用医薬品の中に作られたのが西洋ハーブ医薬品のカテゴリで、先月、トチノキの文章の中でもふれたものである。現状ではまだ数品目しか作られていないようだが、イチョウ葉の他にも、欧米でもよく使われている、セイヨウオトギリソウ(別名セントジョーンワート:軽いうつ状態の改善)、ムラサキバレンギク(別名エキナセア:免疫賦活作用(風邪の予防等))など、あったら使ってみたいと思うような植物エキスが候補品目として挙げられる。流行の健康食品やサプリメントも上手に知って使えば悪くはないが、安心、安全に使用できてしっかりとした効能効果が期待できる、つまり品質保証が確実になされた西洋ハーブ医薬品の選択肢がもっと増えて欲しいものである。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。