やはりトランプという世界史的「怪人」をめぐるお祭りだったせいだろう。今週はアメリカ大統領選の開票速報が、日本でもかつてないほどに注目を集めた。2~3日して大勢が決すれば、何ほどのことはない。事前の世論調査はほぼ当たったし、郵便投票の多くがバイデン票になったこと、開票所で農村部→都市部→郵便投票分という順に票が開き、前半に共和党、後半は民主党が伸びる「レッドミラージュ」(赤い蜃気楼)の現象が見られること、これらも想定されていた通りだった。


 トランプ陣営が「不正選挙」だと騒ぎ、法廷闘争に持ち込む動きを見せることも織り込み済みだった。にもかかわらず、今回、私を含め多くの人々が時々刻々の情勢に息を呑んだのは、選挙前、新型コロナから回復したばかりのトランプが、信じられない強靭さで集会を飛び回り、行く先々で“3密状態”の支持者の熱狂を引き起こしていったこと、そのパワーに圧倒されたためだった。「これはもしかすると……」という直感が、「レッドミラージュ」を過大に感じさせたのだ。


 開票作業のスタートが日本時間の水曜日だったため、週刊誌の反応は次週にずれ込むが、事前報道という点でも現地レポートはごくわずかだった。国際ニュースを現地できちんと追うだけの体力を、もはや雑誌業界はほとんど持たないのだ。と、ふと思い出したのが、ユニクロやアマゾンに「潜入取材」したジャーナリスト・横田増生氏が大統領選取材のため米国に住み着いて取材をする、と大々的に宣言した2月の文春記事のことだ。


 半年や1年の“潜入”では、深みのある独自取材は難しいだろう。当欄ではそんな冷ややかな見方をしてしまったが、結局、氏の大統領選ルポはその後、どうなったのか。改めて調べると今週、週刊ポストのグラビアに氏の写真と短文のルポ、そして次週以降、同誌で「潜入レポート」を掲載する予告が載っていた。文春の誌面では、氏の取材成果発表は実現できなくなったのか。内実はわからないが、紆余曲折があったらしい。


 今週の文春では、米国在住の映画評論家・町山智浩氏が自身のコラム『言霊USA』を臨時に拡大し、「直前ルポ」を書いている。とある調査では、トランプ支持者の実に37%が「Qアノン」を信じている、という。ネットの匿名掲示板に広がる陰謀論のことだ。リベラルと資本家が結託して子供たちを誘拐している、という荒唐無稽な都市伝説。信奉者にとって、そんな「邪悪なリベラル」と戦う英雄こそ、トランプに他ならない、というのである。


 町山氏は果敢にも、そんなQアノン女性信者にも会っているが、対話はもちろん噛み合わない。「トランプ大統領がコロナ克服を宣言したそのとき、ホワイトハウスに天使が舞い降りた」。女性はそう言って、雲が写るだけの“証拠写真”を町山氏に見せたという。


 トランプ大統領が「不正選挙だ」と決めつければ、この手の支持者は無条件でそう信じる。「分断と対立」の一方には、主義主張の差異以前にこうした“事実を直視せず妄想を狂信する人々”が3分の1も存在しているのだ。ここ数日、日本の「ネット論壇」にも、トランプの言葉を妄信するファンが多数出現し、その多くはいわゆる「ネット右翼」の人々と重なるようだった。


 私はジャーナリズムに携わる仕事柄、自分とどれだけ価値観が違っても、相手がたとえ犯罪者でも、その思いを深く知り、理解に努めるのが、職業的使命だと思っているのだが、そもそもの事実認識が噛み合わないこうした人たちと、いったいどうやって向き合ったらいいのだろう。分断の一方の側に立ち尽くし、途方に暮れる自分の無力さを感じざるを得ない。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。