「依存症」といえば、アルコール依存症、薬物依存症といったメジャーどころがすぐに思いつくんだけど、このところよく聞くようになったのが「ギャンブル依存症」だ。
カジノで100億円以上を熔かしちゃった大王製紙の御曹司みたいなのは極端な例ニしても、2014年夏に厚生労働省の研究班が発表した推計では、ギャンブル依存症やその疑いのある人は536万人(男性は438万人!)だという。そんなギャンブル依存症の実態と治療方法を紹介したのが、『「ギャンブル依存症」からの脱出』だ。
1990年代初頭は競馬が大ブームだったし(今じゃ信じられないけど、当時は馬の名前知らないと男友達の会話についていけないくらいだった)、田舎でパチンコは社会人のたしなみみたいなものだった。同世代に何かしらのギャンブルを趣味としている友人・知人は多い。自分の場合、生来の負けず嫌いのため、ちょっとでも負けると精神衛生上よろしくない。それが幸いしてギャンブルにドはまりすることはなかったが……。
では、依存症として治療が必要なのはどんなレベルの人なのか? 本書は〈シンプルにいうと、「ギャンブルへののめり込みを自分でコントロールできない状態」。(中略)治療の対象となるかを左右するのは、ギャンブルを減らす努力をして失敗した経験があるという「調節障害」の有無〉と定義する。
著者がギャンブル依存症にかかる人の典型像として挙げるのが、40歳代、〈スーツをパリッと着こなした真面目そうなビジネスパーソン、あるいはちゃんと身繕い整えたこぎれいな普通の主婦〉という。ハンチング帽をかぶって赤鉛筆を耳にはさんだ、いかにも“ギャンブラー”という人ではなく、一見、普通の人なのだ。
ギャンブルをはじめて2〜3年で依存症になるわけではなく、〈10年くらい続けていると、いつの間にか消費者金融から借金するほどのめり込むというパターンが結構多い〉。仮説にしたがえば、〈通常の脳がギャンブルをしたがる脳、つまり“ギャンブル脳”に変化する〉という。
■依存症にかかった依存症の専門医
最近では、ギャンブル依存症は治療が必要な病気と認識されてはいるものの、今のところ直接の治療薬はない(症状に応じて睡眠薬や抗うつ薬が処方されることはある)。認知行動療法などで時間をかけて治していく。
もうひとつ問題なのは、周囲がギャンブル依存症と気づくのに時間がかかることだろう。アルコール依存症や薬物依存症は体調など目に見える部分に影響が出てくることから、比較的周りが察知しやすい。
一方、ギャンブル依存症は、本人が「負けたぶんを取り戻したい」とギャンブルにのめり込んでいったものの、周囲が気づくころには、負けが込んで膨大な借金が膨らんでいるケースも多い。実は私の周りにも、ギャンブル依存症で1000万円規模の借金をつくり、それを苦にして自ら命を絶った友人がいるのだが、亡くなるまで、ギャンブル依存症に苦しんでいたことも、借金していたことも、誰にも気づかれていなかった。
治療法や家族の対処法を詳しく知りたい人は本書を熟読してほしいが、筆者が警鐘を鳴らすのは、自民党らが2020年の東京オリンピック・パラリンピックに合わせて設置をめざしているカジノだ。
パチンコや競輪・競馬にはまらなかった人でも、〈カジノのルーレットやバカラのようにいっそう高度な戦略的ゲームに喜びを見出すタイプで、ある程度お金に余裕があるなら、そこにはまる人が出てきても不思議ではありません〉という。
「タイトルと違うじゃないか!」という指摘は別にして、本書一番の読みどころは、アルコール依存症だったという筆者の治療記。依存症の専門医自らが実は依存症だったという笑えない話なのだが、飲み過ぎて小便を漏らししたことや自助グループで自身の患者と会ってしまったエピソードなど、赤裸々な話も交えつつ、依存症治療の実態を自らの体験をもとに記す。こんな医者なら患者もきっと信頼できるだろう。
と、偉そうに書いてはみたものの、自分も立派な「ニコチン依存症」。根性でタバコを断とうとしたほか、薬物療法、電子タバコも経験済みだ。しかし、「禁煙すると文章が面白くなくなる」「“タバコミュニケーション”がなくなる」とか言いわけしつつ、タバコがやめられなかった。
まさに「調節障害」。
「機が熟するまで待つ」「他に欲望を充たす手段を見つける」といった本書の手法は、ニコチン依存症にも応用できそう。禁煙に再チャレンジしてみようかな。(鎌)
<書籍データ>
河本泰信 著(SB新書 800円+税)