アメリカの大統領選が終わり、ジョー・バイデン氏の次期大統領がほぼ確定した。ドナルド・トランプ大統領は「不正があった」「再集計すべきだ」と訴訟を起こしているが、共和党の数名の上院議員が反対したりして分が悪い。
「不動産王」と言われたトランプ氏は「負けを認めない人」として知られている。過去、アトランタシティに進出、カジノ付きホテルを4棟経営したが、バブル崩壊のとき、破綻。取引銀行がホテル売却を要求したが、トランプ氏は倒産を認めなかった。逆に銀行に対して「トランプという名前をブランドとして担保にする」と要求したと言われている。
4年前の大統領選挙中に9人の女性から「セクハラされた」と告発されたが、「有名人だから女性が近寄ってきた」と主張し、セクハラを認めなかった。
だが、今回は少々様子が違うようだ。トランプ大統領は敗戦を認めなくても、4000人とも言われるホワイトハウスの職員たちは次の就職先を探している。再就職先が見つかり次第、辞職してホワイトハウスを去ってしまうから、トランプ氏を支える人がいなくなってしまいそうだ。
それはともかく、来年1月20日のバイデン氏の大統領就任式後、トランプ氏にべったりだった日本はどうなるのか、という話が新聞、テレビで盛んに取り沙汰されている。
安倍晋三前首相は4年前、トランプ氏の大統領当選が決まった後、即座にお祝いに駆け付けたことで親密になった。通常は大統領就任式後に各国の首脳は訪問するそうだが、安倍首相はその前にお祝いに駆けつけたのだから、個人的に親しくなったのも道理だ。トランプ氏は安倍首相を「いい奴だ」と喜んだだろう。加えて、お互いにゴルフ好きからパターをプレゼントし、一緒にプレーし、個人的な友情を深めた。
ところが、今度は反トランプを掲げた民主党のバイデン大統領が登場する。「安倍路線を継承する」と宣言した菅義偉首相はどう対応すべきか、注目されるのも当然だ。政治記者は「オバマ大統領の時代、キャロライン駐日大使がかつて菅氏の官房長官時代にバイデン氏を紹介したことがあるから大丈夫だ」と言えば、米国事情に詳しい大学教授たちは「バイデン氏は同盟国との関係を重視する、と言っている人物だから心配はない」と語っている。
だが、こういう話は前にもあった。共和党のレーガン大統領が登場したときだ。今でこそ「ロン・ヤス関係」と当時の中曽根康弘首相とレーガン大統領の親密関係がそう表現されているが、実はレーガン大統領が誕生したとき、自民党はもちろん、外務省にもレーガン氏どころか、共和党ともルートがなかったのだ。
当時、週刊誌でレーガン大統領の登場で日本との関係はどうなるか、という記事を取材したことがあるが、日本との関係が大騒ぎになった。なにしろ、レーガン氏の大統領就任式に招待された日本人は民間人の4人しかいなかったのである。当時の外務省は政府・自民党が民主党の大統領とばかり付き合っていたので、野党だった共和党との繋がりはゼロに等しかった。
レーガン大統領の就任式に招待された4人の中にNECの顧問だった一柳博志氏がいた。自民党代議士の益谷秀治氏の秘書出身で、本人によれば、NECのパソコンなどを官庁や自治体に大量に売り込んだそうだが、アメリカにも知人が多く、その1人が家族ぐるみで付き合っていたレーガン家で、夫婦で就任式に招待された、と語っていた。
一柳氏は机の上に足を乗せたまま社長と話をするほどで、社内では「社長より偉い人」と言われていた。実際、役員が会社の廊下を歩いているとき、向こうから一柳顧問が来ると、役員は道を開けるという話もあった。
取材ではレーガン大統領の登場でも日米関係は問題ないだろうという結論になった。もともと共和党は自由貿易主義で、日米関係を悪化させるようなことはしないだろうというのである。
実際、レーガン大統領は「レーガノミクス」と呼ばれる、所得減税、投資減税を行い、米国景気を引き上げた。減税抜き、日銀のゼロ金利とそれによる円安誘導のアベノミクスとはエライ違いだが、ともかく、レーガノミクスのおかげで輸出型の日本とドイツは大いに米国向け輸出を増やして潤った。外交でも旧ソ連との間で軍拡競争を仕掛け、民間を含めて技術の裾野の広い米国が優位に立ち、後にソ連の崩壊に繋がった。そうした政策上のためにもレーガン政権は日米との関係を強化した。それが「ロン・ヤス関係」をつくり上げたのである。
バイデン氏はトランプ大統領が壊した同盟国との関係を重視、修復すると強調しているだけに日米関係はなんとかなるだろう。むしろ、トランプ大統領一辺倒だった安倍政権から替わったばかりなのも好都合かもしれない。安倍政権が続いていたら、それこそ大変だったろう。外務省も安倍・トランプ関係に忖度して共和党ばかりに目が行っていたことを反省すべきだ。
それにしても、アメリカの政治は面白い。米歴史を紐解けば、民主党は南部農民層を地盤にする政党で、共和党は南北戦争に象徴されるように北部、東部の工業地帯を地盤にし、労働人口確保を求める自由貿易を主張していた党だった。エイブラハム・リンカーン大統領の奴隷解放は、実は労働力確保が背景にあると言われている。
ところが今、共和党のトランプ大統領の支持基盤は中西部の旧工業地帯だったラストベルトであり、中西部の農村地域である。アメリカファーストを掲げ、対中国はもちろん、フランスとの間でも関税引き上げで対立したりしている。一方、民主党はIT企業を中心にした西部地域と東部のグローバル企業の多い地域を地盤にし、自由貿易、国際関係を重視している。
いつの間にか、共和党と民主党の立場、主張が逆転しているわけだ。民主党のJ・F・ケネディ大統領が公民権法を通したころから替わったのだろうか。日本では、いや、ヨーロッパ諸国でもこういうことはない。経済の変遷によるものだろうが、世界をリードする国であるのに、これだからアメリカ政治は面白いのだろう。(常)