4年前にトランプ政権が誕生して以来、言論空間が日々荒唐無稽なデマに覆われて、信じる者、信じない者の絶望的分断が世界的課題に拡大した。当のトランプ氏は、デマの責任を問われると、あろうことか当該報道を「フェイクニュース」呼ばわりし、「ウソつきはどちらか?」と泥仕合に引きずり込むことで、コアな支持層を煽り続けてきた。


 日本の状況も同じだが、指摘する声は小さかった。「トランプ現象」を冷笑する識者たちも、その多くが足元の問題を見て見ぬふりだった。日本国内の“右派プロパガンダ”は、厳しくデマをチェックされないまま、「両論併記」の扱いまで受けるようになっていた。たとえば関東大震災時の朝鮮人虐殺の有無、たとえば辺野古反対派への中国の支援、たとえば日本学術会議が非難される理由……。こうした状況を見ると、言論の劣化、リテラシーの崩壊は、米国より日本のほうが深刻に思えてくる。


 ただ幸いにも、今回の米大統領選には、意外な副産物があった。トランプ氏の“大逆転勝利”はもはや風前の灯火だが、なぜか日本に未だ熱烈なファン層があり、強烈に目立つ発信をしているのだ。彼らこそ、近年の右派プロパガンダの発信源、安倍前首相の「コアな支持層」と重なる人々だ。彼らは何を「ファクト」とし、何を「フェイク」と捉えるのか。米大統領選の捉え方、というリトマス試験紙で、今回その異様さがわかりやすく万人に可視化されている。


 今週の週刊文春、能町みね子氏のコラム『言葉尻とらえ隊』は、このトランプ好き=陰謀論好きの右派の人々のドタバタを痛烈に皮肉っている。たとえば中国「千人計画」とのつながりという陰謀論を吹聴し、学術会議を侮辱した自民党・甘利明氏は、ツイッターでトランプ氏に敗北宣言を促した途端、仲間うちの右派の反発を受け大炎上となった。愛知県知事のリコールをめざし署名運動を展開した高須克弥氏は、「あいちトリエンナーレは反日!」という陰謀論をベースにこの運動を始めたが、目標の署名数に達しないと見るや「停戦」(運動の中止)を宣言。しかし、一部運動員は活動を続行、偽造署名の疑いも見つかって、「反乱者」「工作員」と罵り合う混乱が起きているという。《陰謀論で動く人たちは、結局は疑心暗鬼になって醜悪な内ゲバ状態に陥りますね》と能町氏は冷ややかだ。


 同じ号の文春では、かつて朝日新聞で調査報道のスペシャリストだったフリージャーナリスト・村山治氏が『安倍・菅が固執「黒川検事総長」に期待した桜捜査』と題した「深層レポート」を書いている。先の検察庁法改正案で紛糾した検察庁人事の裏話、菅官房長官や安倍首相と検察庁との暗闘の経緯を掘り下げた内容だ。


 ここにきて検察が捜査に踏み切った桜前夜祭の問題だが、もともと安倍首相の国会答弁は酷かった。ホテルと参加者の「直接契約」なら、参加人数によってホテルは赤字を背負い込む。そんな馬鹿げた契約はあり得ないし、あれほどの一流ホテルが契約書・明細書を出さないはずはない。1年前の時点で、常識ある人なら首相答弁を「ウソとしか思えない」と感じたし、自身の潔白を簡単に証明できる書類提出を頑なに拒む態度も「ウソだからだろう」と理解した。


 にもかかわらず、陰謀論好きの右派世論の存在が、捜査着手をここまで遅らせた。苦し紛れの首相答弁を、彼らは頑なに信奉した。世の中に異様な人々がいることは仕方がない。ただ彼らをはっきり異端視する勇気が、このところのメディアには欠けていた。米大統領選で、彼らの狼少年ぶりがさらされたのを機に、日本の言論界も正気を取り戻すべきだろう。週刊ポスト『菅首相「後援者2500人パーティー」は政治資金収支報告書に不記載だった』は、元気のないシルバー雑誌のイメージを覆す同誌の久しぶりのスクープである。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。