新型コロナウイルスの感染再拡大の陰に隠れてしまったが、先頃、アジアと豪州が加わる自由貿易圏構想「地域的包括的経済連携」(RCEP)に15ヵ国が署名した。最後にインドが抜けてしまったが、枠内人口は22.6億人で世界人口の30%に上り、GDPの合計は世界全体の29%に相当する25.9億ドルに達する。


 早速、新聞、テレビが「アジアと豪州にまたがる巨大経済圏の誕生」と大きく報道した。確かに人口は中国が加わっているから巨大だ。もし人口14億人のインドが加わったら、もっと巨大な市場になっただろう。枠内のGDPも世界3位の日本と2位の中国が入っているから、アメリカが抜けたTPP11ヵ国の倍になる。


 だが、RCEPという巨大経済圏にそれほど大きな魅力があるのだろうか。貿易を盛んにする関税撤廃率はTPPが99.9%、日本とEUとの経済協定でも99%を超えるのに、RCEPは91%に過ぎない。それも21年後の話なのである。


 だが、それ以上に懸念されるのは各国の経済構造ではなかろうか。RCEPでは日本と中国、韓国の3ヵ国が中心だが、日本は古くから貿易立国である。戦後、雑貨の輸出から始まり、造船、鉄鋼などの重工業、次いで自動車や精密工業品、さらに半導体など、輸出で稼いでいる。原料はほとんどが輸入に頼っているし、食料品は輸入を拒んできたコメとコンニャクくらいが100%自給だが、それ以外は輸入で賄っている。コメに次ぐ基本食料の小麦は、コメの輸入を防ぐために自給を断念。今では消費量の90%超を輸入に頼っている。讃岐うどんの小麦粉はオーストラリアで栽培しているほどだ。RCEPでも日本は各国に輸出することになる。


 一方、韓国は日本の真似をしてきた経済である。かつて週刊誌時代に韓国の経済を「がらんどう経済」と書いたことがある。韓国政府は日韓基本条約で手にした資金を投下して財閥を育ててきた。製造装置は日本から輸入し、技術は日本企業からもらったり、技術者を雇って手に入れたりしている。


 政治経済情報誌に在籍したとき、同僚が韓国のIT関係のトップ企業を取材したが、工場の視察を希望したら即座に拒否された。ある外資系コンサルタント会社の知人に、取材拒否された話をしたら、「韓国企業の工場には日本人技術者が大勢いて指導しているよ。元パナソニックや三洋電機の技術者で、高給でスカウトされ、韓国人が技術を憶えると、3年程度でお払い箱になる」と語っていた。


 ともかく、如何せん、韓国には中小企業が少ないうえに、技術と工夫がない。そのため、重要部品は日本からの輸入に頼っている。いわば、韓国の工業品は外観こそ韓国製だが、内部は日本製部品が多く詰まっている。だから「がらんどう」と陰口を囁かれていたのである。当然、工業品を輸出すればするほど日本からの部品輸入が増えてしまうのだ。


 結果、日韓貿易は日本の輸入超過で、日本からの部品が途絶えると、韓国は輸出が止まってしまう。それでも日本同様に資源は少ないし、農業国でもないし、日本に習って輸出で稼がなければならない経済構造である。


 では中国はどうかというと、この国も輸出で成り立っている。社会主義を標榜しながら、それに矛盾する市場経済を取り入れると称し、「13億人の市場」という魅力をエサに日本や欧米の企業に合弁企業を設立させるという方法で進出を促し、製造した商品を欧米に輸出して稼いできた。その資金で近代化を果たし、東南アジアやアフリカ、太平洋の島嶼国に資金を貸しては借金地獄に陥らせているのは周知の通りだ。


 最大の儲け先がアメリカへの輸出なのだが、覇権を巡ってアメリカと対立。アメリカと貿易戦争を起こしたら勝てないのは自明の理だが、習近平国家主席はわかっていないのだろうか。アメリカに輸出できなければ、日本とヨーロッパへの輸出を増やせばよいということなのだろうか。だが、ヨーロッパは今、中国に懐疑的になっているから、残る標的は日本と東南アジア諸国ということになるようだ。RCEPを急ぐのも道理である。


 実は、中国も日本の経済発展の真似をしてきた。かつて大阪・北浜の証券新聞にいた友人のところに母校のゼミの教授から「中国人留学生が証券市場の勉強をしているのだが、『株式市場を直接、学びたい』というので教えてやってくれ」と依頼された。友人は恩師の要望に応えて留学生たちを大阪の証券市場、東京証券取引所を案内し、仕組みを説明。証券会社数社の幹部を紹介し、手とり足とり教えた。


 それから1年後、そのときの留学生から上海に市場ができるので是非来てくれ、と招待されて上海に行ったら、なんとあの留学生たちは全員、中国共産党の幹部の子弟だったという。上海の株式市場は日本の株式市場を真似たものなのである。商品市場も東京・蛎殻町の商品取引所と取引会社を見学し、仕組みを教えている。いや、経済そのものが輸出立国の日本の方法を学んだものである。ただ、部品だけは韓国と同様、足りないため日本から、メモリーは韓国から輸入して成り立っている。


 ともかく、中国も日本の経済を模範にして輸出で稼ぐ国なのである。韓国、中国以外の国は日本企業を中心に欧米企業が進出してつくった製品を日本に、あるいは、欧米に輸出して稼いでいる国々である。それもシンガポール以外はまだ発展途上国で、自前で輸出入を盛んにしているわけではない。


 つまり、RCEPにはアメリカのように大量に輸入をしてくれる国がないのだ。みんな各国に輸出したがっている国ばかりなのである。しかも、多くの国が日本の真似をした産業構造である。これではRCEPは人口が巨大であってもどうしようもない。GDPが大きくても、みんな欧米に輸出する国ばかりでは枠内で経済が回りそうもない。


 TPPはアメリカが離脱したため、魅力が大幅に薄れたが、それでも11ヵ国のうち、工業国は日本とカナダが中心でそれ以外の加盟国に輸出できる。農業国はオーストラリアとニュージーランド、カナダで日本に輸出を増やせる。しかも南半球と北半球であるため、収穫時期が逆になることでメリットもある。チリやカナダ、オーストラリアは資源国でもあり各国に輸出増を望める。メキシコやカナダ、ペルーは工業部品の輸入が増えるが完成品を隣のアメリカに輸出できる。アメリカなしのTPPは魅力が薄れたが、それでも枠内での貿易増をなんとか増やせそうだ。


 EUの場合はどうか。ドイツ、フランス、イタリアなどはお互いの不足を補う経済になっているから上手く回る。ただ、旧東ヨーロッパが加わり、さらに移民が急増したため、低賃金問題が起こり、結果、期待に反して枠内の経済は停滞している。


 こうしたTPP、EUと比べると、RCEPは巨大ではあっても、同じような経済構造の国が集まっただけに過ぎない。新聞が喜ぶような巨大経済圏になるだろうか。RCEP成立直後に中国の習近平首席がTPPの加入を口にしたが、アメリカとの貿易量を補うにはRCEPだけでは不十分、TPPにも加わりたいということだろう。中国もRCEPの限界を感じているのかもしれない。(常)