いまだに世界がパンデミックを脱することができない新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。国内では9月、10月と「陽性者数」「入院治療等を要する者の数」「重症者数」が若干の落ち着きをみせたものの、11月に入っていずれも急増し、目の前の状況をいかに抑え込むかに多くの関心が集まっている。


 一方、COVID-19ワクチンの開発レースは初期のゴールに近づいている。11月下旬から末にかけ、ファイザーとビオンテックの「BNT162b2」とモデルナの「mRNA-1273」が、相次いで米国食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可(EUA)を申請した。


 さらに欧州医薬品庁(EMA)は、10月に「BNT162b2」とアストラゼネカの「AZD1222(ChAdOx1-SARS-CoV-2)」、11月に「mRNA-1273」の「逐次審査(rolling review)」を開始した。これは、公衆衛生上の緊急事態下で有望な治療薬やワクチン候補を速やかに承認するための仕組みで、ヒト用医薬品委員会(CHMP)が正式な承認申請前にある程度まとまったデータを評価するものだ。これら3つのワクチン候補は日本への供給も予定されている。いよいよ接種可能となってから混乱が生じないよう、今のうちに基本的な考え方を理解しておく必要がありそうだ。


2020年の経験を踏まえ、書店の医学書コーナーに並ぶ新型コロナ関連本


■ワクチンの「有効率90%」とは


 ワクチンは「特定の抗原を標的として免疫を賦活して薬効を発揮する医薬品」だ(詳細は日本の「感染症予防ワクチンの臨床試験ガイドライン(2010年)」及びWHOの「ワクチンの臨床評価に関するガイドライン(2016年)」参照)。開発する際、第1相試験では通常健康成人を対象に、安全性と免疫原性の予備的な探索を行う。次いで、第2相試験では免疫原性や安全性を指標に、第3相試験に使用するワクチンの接種量や基本的な接種スケジュール等を明確化する。さらに第3相試験は、有効性と安全性のデータを得てリスク・ベネフィットを検証するために、実際の使用条件を考慮してデザインされる。


 ワクチン候補(vaccine candidate)の有効性は、原則として「発症予防効果」を主要評価項目として評価する。その場合、「自然発生的な感染が一定程度あり、かつ比較試験が実施可能な地域」で実施する必要がある。


病原微生物に曝された人口のうち、臨床的に明らかな疾病を発症した人の割合を「発症率(AR:Attack Rate)」という。「発症予防効果」は、「ワクチン接種者における発症率(ARV)」が「ワクチン非接種者における発症率(ARU)」に対してどの程度低下したかという相対的な「低下率」で示される。


「ワクチン接種者(群)」の発症率が「ワクチン非接種者(群)」の10分の1(0.1)であれば「有効率90%〔(1-0.1)×100〕」、20分の1(0.05)であれば「有効率95%〔(1-0.05)×100〕」となる。


 これが11月に発表が相次いだ「有効率」の基本的な考え方だ。


 なお、あくまで接種者群と非接種者群における発症率の「比」に基づくため、インフルエンザのように毎年流行してワクチンを接種していない人でもある程度の免疫を有している場合や、接種なしでも発症率が低い場合は、コントラストがつきにくく「有効率」が低くなるのではないかとの指摘もある。




■接種の目的は「発症予防」と「重症化予防」


 2020年10月2日に開催された厚労省の「第17回厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会)」では、新型コロナワクチンの実用化に向けた政府の取り組みや進捗状況について、林修一郎氏(健康局予防接種室長)らが委員からの質問に答えた。主な質疑の要点を以下に示す。


ワクチンに期待する効果:それによって接種対象が異なるのでは→「発症や重症化を予防する個人への効果」と、「感染しない・他の人に感染させない感染予防の効果」に大別されるだろうが、治験(第3相試験)のエンドポイントと同様、個人の「発症予防」や「重症化予防」。「感染予防」の効果は社会で広く使われてからでないと(治験の時点では)わからない。重症者や死亡者の発生をできるだけ減らし、結果としてCOVID-19の蔓延防止を図る。


効果の持続:1回接種すれば一生打たなくてよいのか、毎年など定期的に打つのか→現時点ではデータ不足で判断できない。



日本での臨床試験:日本での試験は必須か。十分なサンプル数は得られるのか→日本の今(10月2日現在)のような流行状況では発症予防の評価に十分な数を得るのが難しい。国内で一定の免疫原性や安全性を確かめる第1相または第1/2相試験を、海外の第3相試験と組み合わせていく方向ではないか。


期限を区切って供給を受けることの合理性:今までヒトに接種したことのない種類のワクチンの開発が先行しているが、「2021年前半」などの供給期限を先に言ってしまってよいのか→あくまで治験での有効性・安全性の確認が前提ではあるが、開発が全部終わってからの交渉では供給が遅れてしまうので、早く確保できるよう努めたい。


ワクチン間の比較や国内配分:複数種を導入した場合はワクチン間の差をみるのか。接種を行う自治体や個人に選択の余地はあるのか→開発中のワクチンはウイルスのスパイクタンパク質を標的にしたものが主で、ある程度比較は可能だと思うが、さらに何を検討するかは今後の課題。複数ワクチンの割り振りについては、現時点での判断は難しい。



 今後の検討体制については、①「新型コロナウイルス感染症対策分科会(内閣官房)」が「接種の基本方針」「接種順位」を、②「厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会」が「接種事業の枠組み(法的位置づけ)」「接種に関する重要事項」を、②の下部組織である「予防接種基本方針部会」が「接種順位に関する技術的事項」「接種体制等に関する必要な検討」を、同「副反応検討部会」が「副反応に関する評価等」を行うという。


 広範にわたる議論が必要ではあるが、限られた時間の中で全体像を誰がどう把握して意思決定していくのか、一抹の不安が残る。行政のリスクコミュニケーション力が一朝一夕には変わらないと考えると、メディアとしても他人事でなく、一般市民に対し科学的でわかりやすい判断材料を提供していく必要がある。


【リンク】いずれも2020年12月1日アクセス

◎医薬品医療機器総合機構.〔「感染症予防ワクチンの臨床試験ガイドライン」について(平成22年5月27日付 薬食審査発0527第5号)〕

https://www.pmda.go.jp/files/000208196.pdf


◎WHO. “Guidelines on clinical evaluation of vaccines: regulatory expectations (WHO/BS/2016.2287).”

https://www.who.int/biologicals/BS2287_Clinical_guidelines_final_LINE_NOs_20_July_2016.pdf


◎European Medicines Agency (EMA). “Treatments and vaccines for COVID-19.”

https://www.ema.europa.eu/en/human-regulatory/overview/public-health-threats/coronavirus-disease-covid-19/treatments-vaccines-covid-19


◎厚生労働省.「厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会)」「新型コロナウイルス感染症のワクチンについて」

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei_127713.html

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_00184.html


◎ファイザー株式会社.「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するプレスリリース」

https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/coronavirus.html


◎AstraZeneca plc. “COVID-19 Information Hub.”

https://www.astrazeneca.com/covid-19.html


◎Moderna, Inc. “Moderna’s Work on COVID-19 Vaccine Candidate.”

https://www.modernatx.com/modernas-work-potential-vaccine-against-covid-19


[2020年12月1日12時現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。