先頃、笹子トンネル事故から8年の慰霊祭が行われた。東京から山梨に向かう中央自動車道の笹子トンネルでコンクリート製の天井板が落下し、走行中の自動車が直撃を受け、9人の死亡者が出たという考えられないような悲惨な事故である。
トンネル内の事故といえば、追突事故が圧倒的だ。トンネルを抜けると急に明るくなることから、ついスピードを上げてしまい、前の車に追突し易いからだ。また、湾岸道路の東京トンネルは海面下のためらしいが、下り坂が続いた後、上り坂になる。が、運転中は下り坂の意識が薄くなり、スピードが上がる。その直後に上り坂になるのでスピードが自然に落ちる。こうした状況を意識していないと、速度が遅くなった前の車に追突するという事故がたびたび起こる。
しかし、まさかトンネル内でコンクリート造りの天井が落ちてくるとは誰も想像しない。落下した天井に押しつぶされた被害者はさぞや無念だったろう。遺族の心痛も察せられる。事件後の調査からお粗末な設計・工事だったこと、いい加減な定期点検ぶりだったことが明らかになった。建設、管理するNEXCO(旧日本高速道路公団)が典型的なお役所仕事だったことがわかる。
かつて週刊誌時代、深夜にタクシーで帰宅するとき、ドライバー氏からこんな話を聞いたことがある。当時、日本の高速道路の傷みが激しく補修が多いことから道路公団が過積載のトラックの調査を行うと発表したのだが、その結果は時が経つにつれウヤムヤで終わっていた。道路公団の調査結果の発表もなければ、報道もなく、すっかり世間から忘れられていた。そんなときである。ドライバー氏は乗務中に聞くとはなしに、後部座席に乗っていたお客さんの話が耳に入ってきたという。再現すると、ざっとこんな話だった。
後部座席の左側に座っていた上司らしい人物が「過積載の車の調査結果はどうだったのだね」と聞くと、右側座席の部下らしい人が答えた。
「ほとんどがダンプカーでした。が、どうもねぇ……」
「どういうことだね?」
「ええ、過積載のダンプカーのほとんどが道路公団の道路工事をしている建設会社のダンプカーだったんです。むろん、下請けの工事会社のダンプカーですが」
「そりゃ、拙いなぁ。公表したら道路公団は高速道路をつくっておきながら、壊しているのか、と言われかねないぜ」
「ええ……。元請け業者に気をつけるように言っておきます」
といった内容だったそうだ。ふつう、タクシードライバーは客の話は聞かないようにしているし、たとえ、耳に入っても他人に話さないのだが、たまさか道路公団の幹部らしいお客さんを乗せたときは道路がすいていたせいか運転が楽で話がよく聞こえたらしい。私に話してくれたのは、常日頃、工事が多く、渋滞に悩まされ、腹を立てていたことで、喋りたくなったようだ。
話は飛ぶが、アメリカでもひところ、ハイウェイの破損が問題になったことがある。そのとき、ロサンゼルスの新聞記者が「カリフォルニア州では地震が起これば、ハイウェイが崩壊するし、そうでなくても、たびたび破損する。その原因にはマフィアの息のかかった工事会社が多いせいらしい。ハイウェイが完成した後、マフィアが補修工事を早めるために過積載のダンプカーを走らせろ、と命令していると噂されている」と言っていた。
道路公団とマフィアを同列には論じられないが、似たような話なのは気になる。
ドイツのミュンヘンに1週間ほど旅行したときのこと。ミュンヘンに住む友人のN氏を訪ねた。N君は昭和50年代にサッカー選手になりたくてドイツに行った元サッカー少年である。この時代には少なからぬサッカー少年が海を渡った。その多くが夢破れ、帰国しているそうだが、N君はドイツ人女性と結婚、個人タクシーをしていた。
たまたま彼のタクシーに乗ったことから親しくなったのだが、その彼がミュンヘン名物のガーデン・ビヤホールに行こうと誘ってくれた。N君によると、日本人観光客はあまり知らないが、夏は夕方から公園がビヤホールになるのだという。日本人旅行者が知らないのは、ガイドがビヤガーデンが夕方から始まることで面倒くさいから案内しないせいらしい。
その広い公園に行くと、満員だったが、確かに日本人はほとんどいない。ところが、そのなかに日本人旅行者十数人の一団がいた。たまたまその隣が空いていたのでN君と座った。日本人同士のこともあり、背中合わせに「旅行ですか?」と聞いたら、その一団は建設会社の人たちで、「アウトバーンの視察ですよ」と答えた。「建設会社なら、もうそんなことはよくわかっているのでしょう」と言うと、建設会社の人は「ええ、わかっていますけど、道路公団の担当者が変わるたびに海外の高速道路の視察に行くんです。ドイツはもう3回目です」と、屈託なく返してくれた。
こちらが週刊誌の記者だと知らなかったからだろうが、驚いた。道路公団はその後、民営化され、NEXCOに替わり、今はどうなっているか知らないが、毎年のようにハイウェイ視察だのアウトバーン調査だのといっては海外視察旅行をしていたらしい。
旅行中、アウトバーンの工事を目にした。平地ばかりのせいだろうが、日本のように車線を減らすのではなく、迂回路を用意し、全面工事していたのには如何にもドイツらしい徹底ぶりに感心した。しかも掘り返した道路基盤のコンクリートの厚さが50センチ以上もある。頑丈さは日本の比ではない。
道路公団と道路建設会社は毎年のように欧米を視察しているのに、何ら生かされていないようなのだ。日本の高速道路事情が欧米とは比較にならないほど貧弱で、補修工事が多いのも、むべなるかな、である。(常)