新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)との闘いを「ウイルス対ヒト」のレベルで考えるとき、欠かせないのが免疫学だ。SARS-CoV-2に対する免疫反応は個人差が極めて大きい。多くの感染者が無症状である一方、COVID-19を発症した場合も軽症から重症、死亡まで経過はさまざまだ。効果的な治療法を開発するためには病気の進行に影響を及ぼす要因を解明する必要がある。


■最新の知見と今後を国内外の研究者が議論


 日本免疫学会は、第49回学術集会を、当初予定していた通常形式からWeb配信に切り替え、12月8日に開催した。開会にあたっては清野宏理事長に続き、米国国立感染症・アレルギー研究所(NIAIH)のアンソニー・ファウチ所長が挨拶し、主な講演は英語で行うなど、国内外に発信する姿勢を鮮明にした。


 内容も「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する免疫学研究の貢献」や「新型コロナウイルスとの共存に向けた免疫システムの理解と解明」に結びつく最新研究に焦点を当て、「ワクチンと免疫」「サイトカインストームと関連疾患」「COVID-19の現状とミステリー」などのテーマで、各5~6人の専門家による集中講演を配信した。


学術集会はライブ配信後、オンデマンド配信中


■バイオバンク活用でCOVID-19の重症化要因や性差を検討


「ワクチンと免疫」のトップバッターは、米国の医学サイトで「パンデミック下で信頼できる50人の専門家」にも選ばれた岩崎明子氏(イェール大学)。「SARS-CoV-2に対する免疫反応」をテーマに、今年発表した数多くの研究から2つのトピックを紹介した。


 ひとつめは、重症化患者では「免疫学的な誤作動(immunological misfiring)」が起きているというもの。「炎症性サイトカインが、重症化した患者でみられるウイルス負荷(viral load)の持続をもたらしている」「発症早期(12日以内)のインターフェロン及び炎症性サイトカインの増加が死亡の予測因子となる」「好中球や好塩基球の増加は死亡率と高い相関がある」等の知見を得た。


 注目すべきは、これが中等症から重症の「実際の患者」113例について、末梢血単核細胞(PBMC)やサイトカインのプロフィールを経時的かつ詳細に分析した結果である点だ。イェール大学は「COVID-19の経過に関わる宿主要因を解明するためには、診断や経過がしっかり確認された症例群と、それに合わせた対照群が必要」との考えから、「COVID Biobank & Registry」を立ち上げた。



 もうひとつのトピック「SARS-CoV-2に対する免疫反応の性差」の研究にもこの仕組みを活かし、大学関連病院に入院した患者と健康な医療従事者(対照)について分析した。


 ベースライン時のウイルス負荷や抗体量に男女差はなかったが、男性ではT細胞応答の低さと転帰不良との相関が示された。一方、女性のT細胞応答は男性より強く持続的だが、自然免疫系のサイトカインレベルが高いと治療への反応が悪い傾向があった。


 まだ限定的な知見ではあるが、男性にはT細胞応答を高める治療、女性には初期の自然免疫応答を抑える治療など、免疫学的な性差に応じた治療が有用である可能性がある。


■封じ込めとワクチン開発に胸を張る中国CDC


「ワクチンと免疫」の3番目の演者は、中国CDC(中国疾病予防統制中心、CCDC)のGeorge Fu Gao(高福)氏。同氏は、オックスフォード大でPh. Dを取得、ハーバード大留学経験があり、中国科学院で病原微生物学・免疫学部門の教授も務める。他の演者と異なり事前録画で、中国における「COVID-19の予防とコントロール」と「ワクチン開発」について講演した。


北京郊外に位置するCCDC


 冒頭Gao氏は、自分を含む3人の研究者「CCDCトリオ」が、2020年1月3日にSARS-CoV-2のゲノム解析に成功し、1月6日には研究用の診断キットを開発。NEJM、Lancet等の専門誌にも同月内に速報した、と素早い対応を誇らしげに語った。(2019年12月末に「新型肺炎」を警告した武漢市の医師が「デマを流した」と訓戒処分を受けた時期であることを考えると、聞き手としては複雑な心境になるが…)


 さらに、中国国内でのCOVID-19確定診断例の流行曲線を提示。11月2日までの確定診断症例は86,021、死亡例4,634(「病死率」5.4%)で、直近は10月末からの「第七波」という。ただし、「第二波」以降は、6~7月にみられた2つの波を除き、殆どは「国内症例」でなく「輸入症例」だとグラフの色分けで強調した。


中国の封じ込め戦略成功のポイントは「4 Lines(流行地域の特定による防衛ライン)、4 Levels(省・地域ごとのリスク評価)、4 Earlies(迅速な対策)」だ。


「4 Lines」は、①武漢を含む湖北省からの拡大予防、②北京への流入予防、③湖北省周辺での拡大予防、④全国的な拡大の予防。


「4 Levels」は、①症例なし(低リスク)→輸入を厳格予防、②散発例あり(中~低リスク)→地域内での伝播予防、③クラスター発生(中~高リスク)→地域内での伝播阻止、④地域流行(高リスク)→地域外への拡大(輸出)を厳格に予防、というリスクに応じた方針。


「4 Earlies」は、①感染者の早期発見、②早期報告(診断後2時間以内に入力→報告後2時間以内にCCDCスタッフがチェック→報告後12時間以内に検査結果確定→報告後24時間以内に症例調査)、③早期隔離・検疫、④早期治療を指す。


  強制的な封じ込め手法がとれる国ならでは、との見方もされがちだが、「GO TO」への対応で右往左往している日本でも、「リスクに応じた対応の整理」や「方針の明確化」「感染情報の一元化」は参考になる。


「ワクチン開発」の主な手法についてGao氏は、①不活化ウイルス、②弱毒化ウイルス、③タンパクサブユニット、④ウイルスベクター、⑤DNA、⑥mRNA、⑦ウイルス様分子・ナノ粒子を用いる7つを挙げた。中国では不活化ワクチン3種の臨床試験が第3相まで進んでおり、うち2種が緊急使用許可を得ている。


 また③で、コロナウイルスの受容体結合領域(RBD)を2量体としたものを抗原として投与することで、COVID-19だけでなくSARS、MARSなど他のベータコロナウイルスにも応用可能な「ユニバーサルデザイン」の確立を目指すワクチンが開発されている。中国国内で2020年6月に第1相、7月に第2相の臨床試験が開始されたという。


 現在、世界の目は最初に実用化されたmRNAワクチンに注がれているが、中国の動きからも目が離せない。


■「古典的な免疫学」だけでは方向を誤る「集団免疫」戦略


 学術集会を締めくくる「レビュートーク」で宮坂昌之氏(大阪大学免疫学フロンティア研究センター)は、免疫学分野の最新研究を紹介しながら、これまでにわかっていること、今後検討が必要なことを整理した。


 特に強調したのは免疫に関する概念の変化だ。免疫には「自然免疫(innate immunity)」と「適応/獲得免疫(adaptive immunity)」がある。IgG抗体は確かに重要だが、IgG抗体ができない先天性免疫不全の人でもSARS-CoV-2から回復する。したがって、ウイルスの排除には、「抗体依存性」と「抗体非依存性」両方のメカニズムが重要である。また、「適応免疫」では複数のウイルス排除機構が協調して働く必要がある。


 SARS-CoV-2は、宿主の1型インターフェロン産生やシグナル伝達を阻害する複数の手段をもち、宿主の「自然免疫反応」「ウイルスの初期増殖抑制」が阻害されることがある。これが、無症候感染や、重症化した際のサイトカインストームと関連する可能性がある。


 季節性コロナウイルス感染による交叉反応がCOVID-19への抵抗性に関わる可能性があるが、交叉性にできるT細胞がCOVID-19に対して防御的に働くかは未解明である。


 現在の免疫学において「集団免疫」の概念は、ほぼ抗体のみを考えていた時代と大きく異なる。「自然免疫」の関与や、「獲得免疫」の持続期間の多様性、感染に対する感受性の個人差など、さまざまな要因があり、古典的な概念に基づく集団免疫戦略では方向を誤る可能性がある。


 日本では、感染報告が増加している、クラスター感染が頻発している、血清陽性率が1%未満などの事実を合わせると、「集団免疫」は未獲得と考えられるという。



■正確な情報と啓発こそが「ワクチン」


 また、石井健氏(東京大学医科学研究所)は、国内外のワクチン開発状況を紹介しながら、「ベストなワクチン」は「真に正しい情報」に基づき「正しく怖がる」こと、そのためには「急がば廻れ」で幼少期から、正しい情報を入手し、リスク・ベネフィットを自分自身で把握・判断し、行動を幼少期からしっかり教育する必要があると述べた。これはワクチン開発とは別の難しさがある、大きな課題だ。


 さらに研究者の立場から、「公衆衛生の要であるワクチンを金儲けのネタにしないでほしい」「政治・経済・オリンピックと絡めた時限をつけてはいけない」「ワクチンを欲しがってパニックになったり、怖がりすぎて接種率が下がったりする事態は避けねばならない」との希望を表明。


 また、「厚生労働省が開発を進めるV-SYS(ワクチン接種円滑化システム)で、ワクチン流通と有効性・有用性・副作用報告を紐づけてビッグデータ化し、研究者を含む国民に公開する」「購入余剰ワクチンを海外の必要とされているところに国際貢献として積極的に提供する」「ワクチン忌避との対話を怠らず、息の長いワクチン開発研究と供給体制を構築する」などの提案を行った。


 図らずも最後は、免疫学の基礎・臨床より広い議論になったが、専門家が「学者」の枠にとどまらず、研究の先の社会に視点を向けることもまた、重要だと思う。



【リンク】いずれも2020年12月17日アクセス

◎日本免疫学会→学術集会の動画(一部除く)を2020年12月25日まで配信中(要登録・有料)

https://www.jsi-men-eki.org/


◎Yale University. “Research, Clinical & Data Driven Response to COVID-19.”

https://covid.yale.edu/research/biorepositories/


◎Yale School of Medicine, Iwasaki Lab. Selected Publications.

https://medicine.yale.edu/lab/iwasaki/publications/


◎東京大学医科学研究所 感染・免疫部門ワクチン科学分野 石井健研究室

https://vaccine-science.ims.u-tokyo.ac.jp/message/


[2020年12月17日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。