2020年12月以降、世界では新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチンの緊急使用許可や接種開始が相次いだ。12月24日現在、接種の絶対数が多い国は米国、中国、英国だが、単位人口当たりではイスラエル、英国、米国の順だ。



■接種体制づくりに向け山積みの実務


 各国民への接種の一番手となったPfizer-BioNTechのmRNAワクチンBNT162b2(製品名:COMIRNATY、国際一般名tozinameran)の緊急使用許可から接種開始まで、英国は6日、カナダは5日、米国は3日だった。あくまで最初の接種までの期間とはいえ、迅速だ。


 一方、日本でBNT162b2については1件の第1/2相試験が登録されている(米国Clinicaltrials.govによる)。プラセボ対照・無作為化・二重(参加者、観察者)盲検試験で20~85歳の成人を対象に21日間隔で2回筋注する。目途とする参加者数は160。主要評価14項目は、安全性(副反応や臨床検査値の変化)と免疫反応(血清中の中和抗体のレベルと抗体価、SARS-CoV-2のスパイク蛋白S1に結合するIgGレベル)で構成されている。


 第1/2相試験の結果を待ちつつ、厳しいスケジュール進行に迫られているのが、接種体制の構築だ。「新型コロナウイルスワクチンについて」まとめた厚生労働省のサイトでは、「予防接種を受けられる時期」「接種回数」「予防接種の対象者や、受ける際の接種順位」「予防接種を受けられる場合・方法」は、「決まり次第、お知らせします」としている。


 また、「接種を受ける際の同意の取得」については「しっかり情報提供を行ったうえで、接種を受ける方の同意がある場合に限り接種を行う」「受ける方の同意なく、接種が行われることはありません」と明記している。


 国民に広く知らせる段階に至ってはいないが、準備は進められている。12月18日に開催された「第1回新型コロナウイルスワクチン接種体制確保事業に関する自治体向け説明会」のスケジュール詳細を見ると、超低温管理が必要なBNT162b2を想定して、都道府県は「実施医療機関の確保・把握」「ディープフリーザー配置の調整」を1月末までに行い、2月には各医療関係団体とともに「会員等が所属する各施設の接種予定者リストと数のとりまとめ」「実施医療機関との接種実施調整」を行わねばならない。


 また、都道府県や実施医療機関は構築中の「V-SYS(ワクチン接種円滑化システム)」への入力も求められる。歴史的な速さで開発・使用されるワクチンだけに、検証のためには「打ちっぱなし」でないモニタリングが必要ではあるが、現場への負担で「HER-SYS(新型コロナウイルス感染者等把握・管理支援システム)」の二の舞にならないか心配だ。



■「既知の副反応」に対応するシフトが組めるか


 12月19~20日に行われた「第24回日本ワクチン学会学術集会」では、Philip Krause氏(Office of Vaccines Research and Review, FDA/CBER)と、新城雄士氏(国立感染症研究所 感染病理部)がCOVID-19ワクチンに関する講演を行った。


 Krause氏は「COVID-19を含む新興感染症のワクチン開発で考慮すべきこと」をテーマとした特別講演でまず、COVID-19ワクチン開発の特殊性を挙げた。



 さらに、先行するmRNAワクチン2種、BNT162b2と ModernaのmRNA-1273の臨床試験でみられた主な副反応は発熱・頭痛・筋肉痛・関節痛・全身倦怠感などであり、初回接種の段階では「高齢者の方が副反応は少ない」傾向がみられると報告した。


 別の緊急企画で登壇した新城氏は「COVID-19ワクチンの国内導入について~mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンの基本~」と題し、国内導入契約が締結されているワクチンについて、それぞれの概要(利点、作成のハードルと対処法)と歴史、臨床試験の結果を解説した。


 その中で、FDAの「副反応グレード」における「中等症」「重症」等の記述を示しながら、これまでの臨床試験でみられた副反応にも触れた。そして、局所の疼痛や、頭痛、倦怠感、筋肉痛などは既知の副反応ではあるものの、医療従事者に先行接種した場合、一部に業務に支障を生じる程度の人がいることを考慮したシフトを組んでおく方がよいと述べた。


 ただでさえ人的資源の逼迫が伝えられる医療現場には重い課題だが、接種が始まってから慌てるのではなく、可能性を考えておく必要はありそうだ。



■迅速な開発を可能にした「プラットフォーム」技術


 現在、世界で開発が進むワクチンは「プラットフォーム」別に分類されている。WHOによれば、開発数が最も多いのは蛋白サブユニットワクチン、次いで非増殖型ウイルスベクターワクチン、不活化ワクチン、RNA及びDNAワクチンだ。




 2年前の2018年12月、米国ジョンズ・ホプキンス大学健康安全保障センターは、「ワクチンプラットフォーム:分野の現状と迫りくる課題」と題した報告書を発表した。「ワクチンプラットフォーム」の定義は定まっていないが、同報告書では「ほぼ同じ機序、危機、ベクター、細胞系等を基盤として複数のターゲットワクチン開発に利用できる技術」としている。新興感染症への対応には、従来の1対1対応型「one bug, one drug」でなく、「ワクチンプラットフォーム」が合理的という考え方だ。


 なかでも、mRNAを基盤とするプラットフォームは、製造の容易さ、応用範囲の広さ、生物学的な送達方法などの点で有望視されていた。ウイルスの変異に対しても、必要に迫られれば、変異株の遺伝子配列を検討して、一からの開発よりは速やかに対応できるものと考えられる。


 国として、目の前の危機への対応だけでなく、その後を視野に入れた中長期戦略が必要だと痛感する。


【リンク】いずれも2020年12月24日アクセス

◎厚生労働省.「新型コロナウイルスワクチンについて」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00179.html#007


◎厚生労働省.「第1回新型コロナウイルスワクチン接種体制確保事業に関する自治体向け説明会 (2020年12月18日開催)資料」

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_15608.html


◎WHO. “Draft landscape of COVID-19 candidate vaccines.”

https://www.who.int/publications/m/item/draft-landscape-of-covid-19-candidate-vaccines


◎Johns Hopkins Center for Health Security. “Vaccine Platforms: State of the Field and Looming Challenges.”

https://www.centerforhealthsecurity.org/our-work/pubs_archive/pubs-pdfs/2019/190423-OPP-platform-report.pdf


[2020年12月24日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。