12月、政府は第3次補正予算案で、2020年度の一般会計予算案の歳出額を、過去最高の175.7兆円とした。医療面、経済面での新型コロナウイルス感染症の関連費用が反映されているとはいえ巨額だ。医療・介護の世界への影響を知るべく、『社会保障と財務の危機』を手に取った。


 本書で注目したのは、コロナ禍で課題がより鮮明になった医療・介護の危機である。


 コロナ禍が始まった初期の段階で、人口当たりの病床数が欧米各国に比べて多いにもかかわらず、「医療危機的状況宣言」が行われたことは驚きだった。宣言が行われた2020年4月時点では、重症者数・死亡者数や新規感染者も桁違いに少なかった。


 病床の地域偏在や勤務医不足の問題も浮き彫りになった。感染者を受け入れパンク寸前になる病院がある一方で、感染を恐れる患者が来院しなくなり、赤字に陥った病院・クリニックも多い。


 PCR検査数が増えなかった背景には、保健所のマンパワーがボトルネックになったことがあるが、ファックスに頼るアナログな報告体制も話題になった。


〈三密産業〉である介護では、サービス提供にあたって、重症者リスクの高い高齢者が同じ空間に集まることが多い。デイサービスや訪問介護、訪問看護などで、多くの事業所が経営不振に陥っている。


■病床の過不足を補う「病床取引市場」


 医療や介護の危機を改善するべく、著者は本書で大胆な提言を行っている。


 例えば、〈地域版中医協〉がそのひとつ。


 現在、医療の公定価格である診療報酬の決定は厚生労働省に設置された「中央社会保険医療協議会」(中医協)で審議・答申されて、厚労大臣が決定するが、〈全国一律の価格設定しかできず、地域ごとに大きく異なるニーズに細かく対応できない〉。


 そこで、著者は中医協を補う機関として〈地域版中医協〉を設置し、中医協が決めた診療報酬をベースに、地域ごとの事情に合わせて加算・減算を行う仕組みを提案する。


 今回、新型コロナ重症者への対応に対し、診療報酬の積み増しが遅れたことも指摘されている。中央集権型の組織は対応が硬直的で遅れがちだ。〈地域版中医協〉のような小回りの利く仕組みがあれば、より柔軟かつスピーディな対応が可能だったのかもしれない。


 著者が創設を提案する〈病床取引市場〉が実現すれば、医療業界にとっては画期的なスキームとなる。


 これまで急性期病床の削減・転換を含む「地域医療構想」が議論されてきた。コロナ禍で、スケジュールが先送りされる可能性が高まってきたが、諸外国に比べて多すぎる病床数の削減は不可避だろう。

 

〈病床取引市場〉は、いったん一律に病床数を削減したうえで、〈病床を持つ権利を取引する〉方法だ。二酸化炭素の排出権取引に似たスキームだ。


〈病床取引市場〉を全国に広げることで、コロナ禍などの緊急時には、〈都道府県をまたいだ病床の融通〉もでき、限られた医療資源の柔軟な活用にもつながる。


 勤務医不足に対しては、勤務医の診療報酬の大幅引き上げと、開業医の診療報酬の大幅引き下げによる需給調整。年1回の診療報酬改定を実現するためには、IT化・デジタル化による効率化(公的機関だけでなく、医療機関でもIT化・デジタル化が遅れているところは珍しくない)。


 介護分野では、介護保険と保険外のサービスを同時に利用できる〈混合介護〉の解禁、介護ロボット導入への規制改革、高齢者の地方移住……。


 年金や生活保護、ベーシックインカムといった議論、本筋の財政問題に関しては割愛するが、本書はこれらを含む社会保障制度改革および税制改革のアイデア・提言が多数紹介されている。


 既得権者がいたり政治的に困難だったりで、実現が容易ではなさそうな施策も含まれているが、固まった頭をリセットして、ゼロベースの議論をする際に参考になるはずだ。(鎌)


<書籍データ>

社会保障と財政の危機

鈴木亘著(PHP新書930円+税)