2020年末、海外で開始された新型コロナウイルスに対するワクチン接種に気をとられていたら、足元に火がついていた。「病床・宿泊療養施設確保計画」は都道府県によってフェーズ設定の段階数が異なるが、両者とも最終フェーズに達している自治体は19都府県ある。また、自宅療養者数は宿泊療養者数の3倍にのぼる。


 2021年1月7日、政府は首都圏の1都3県に「緊急事態宣言」を発出。大阪・京都・兵庫、愛知・岐阜、栃木もそれぞれ政府に発出を要請。さらに1月13日(知事が要請していないと明言した)福岡も加えた11都府県に対象が拡大された。2020年4月7日にトップダウン型で東京・埼玉・千葉・神奈川・大阪・兵庫・福岡から始まり、全国に拡大した前回とは異なる動きである。



■「緊急事態宣言」求める都府県の状況は


 COVID-19対策に関わる専門家の会合には、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリー・ボード」(座長:国立感染症研究所・脇田隆字氏)と、内閣府の「新型インフルエンザ等対策有識者会議」の下に位置付けられた「基本的対処方針等諮問委員会」及び「新型コロナウイルス感染症対策分科会」(会長・座長:いずれも地域医療機能推進機構・尾身茂氏)があり、それぞれ15・16・20名から成る。両座長を含む8人が3つ共通の構成員で、全体の議論を把握できる立場にある。


 1都3県の緊急事態宣言に先立つ1月6日、厚生労働省では第20回「アドバイザリー・ボード」が開催され、「都道府県別エピカーブ(東北大学・押谷仁氏提供、以下同)」「都道府県の対策と全国の実効再生産数(国立感染症研究所・鈴木基氏)」「直近の実効再生産数推定(京都大学・西浦博氏)」などが示された。


 この時点で、首都圏の1都3県は単位人口当たりでも全国平均を上回る新規感染者が発生し、増加傾向にあった。一方、大阪は11月下旬のピークから12月下旬は減少傾向となった後、年明けとともに増加傾向に転じていた。愛知は年明けに、単位人口当たり新規感染者数は19.28と全国平均とほぼ同レベルだったものの、1月5日まで直近1週間平均の「実効再生産数」は1.82と高水準にあった。同時期に、福岡の単位人口当たり新規感染者数は20.47、「実効再生産数」は1.21だった。




「実効再生産数(Rt:effective reproduction number)」は、既に感染が拡がっている状況で1人の感染者が次に平均で何人にうつすか(感染者1人から生じる2次感染者の数)を示す。同日、鈴木氏が提出した資料によると、全国のRtは1.09と「流行の拡大」基調にあり、北海道のみ0.90で「流行の減速傾向」がみられた。


「都道府県の対策とRtの関係」をみると、北海道は11月に入って感染が道内全体に拡大し、福祉施設や医療機関で大規模なクラスターが発生して全国より早く病床が逼迫した。しかし、札幌市民への外出自粛要請や、すすきの地区を中心に接待や酒類提供を伴う飲食店への時短要請を行った11月半ば以降はRtが1を下回った。愛知や大阪も対策後、12月半ばにかけてはRtの低下がみられた。


 ところが、首都圏では11月25日~12月15日の「勝負の3週間」が空振りに終わり、Rtが1を下回らなかったことがわかる。



 なお、1月14日朝のNHK報道によると、最新の「アドバイザリー・ボード」で西浦氏は、東京都の12月下旬のRtを1.1としたシミュレーション資料を提出した。「緊急事態宣言による対策でRtが0.88まで下がれば2月24日に都内の新規感染者が1日500人を下回るが、そこで対策を緩和すると1か月半で再び感染者が1日1,000人超のレベルに戻る」、「対策で去年の緊急事態宣言と同等の効果があればRtが0.72まで下がり2月25日に都内の新規感染者が1日500人を下回る。この場合は宣言を解除しても7月中旬まで1日1,000人を超えない」という。


 メッセージのポイントは「緊急事態宣言では、感染者数を思い切り減らす方が、効果が大きい」「長期的に見通しをもって宣言の発出や解除基準を考えるべき」ということだ。


■要請するなら検討プロセスと根拠もわかりやすく


 1月8日に開催された内閣府の第20回「対策分科会」では押谷氏が、2020年12月以降(実質的に12月中)に発生した5人以上のクラスター807件の内訳を示した。


 発生の件数・感染者数とも「医療・福祉施設」(361件、8,191人)が最多、次いで件数は「飲食関連」(156件、1,664人)、感染者数は「教育施設」(123件、1,754人)が多い。また、データから1クラスター当たりの感染者数を計算すると、「医療・福祉施設」に次いで「教育施設」が多かった。


 さらに詳細をみると、「飲食関連」では「接待を伴う飲食店」と「飲食店」が全体の約75%にのぼった。また、「教育施設」では「高校」が3割を占め、「職場関連」では7割が「企業等」だった。



「飲食を介しての感染」は、年末12月23日の第19回「対策分科会」関連のプレゼン資料「現在直面する3つの課題」でも強調されていた。ちなみに、このとき指摘された課題は、「①首都圏からの感染の染み出し」「②感染者及び二次感染者の多くは20~50歳代」「③感染拡大の重要な要素の1つ:飲食を介しての感染」だ。


 2020年3月以降のクラスター分析の結果、感染経路判明分で「飲酒を伴う会食」による感染リスクが極めて高く、経路不明の感染の多くも飲食店における感染によると考えられる、とした。また、「クラスターは飲食店で先行した後に、医療・福祉施設で発生する」とし、感染経路別の症例数ピークの推移と合わせて、「歓楽街や飲食を介しての感染が、感染拡大の原因」「家族内感染や院内感染は感染拡大の結果」と整理した。


 ただ、「家族内感染」が「結果」であっても、(無症状の)家庭内感染者が飲食で次なる感染を拡大させる「原因」となる悪循環も生じ得るので、決して飲食店だけが悪者なわけではない。営業時間短縮や休業、夜間外出の自粛を要請するのであれば、行動変容を促すために、提供者と利用者の双方に結論に至る検討プロセスと根拠をわかりやすく繰り返し説明する必要があるだろう。



■いま、必要なのは「EBPM」と「対話ある情報発信」


 昨年11月、菅首相が衆議院で「Go Toトラベルによって地域経済を下支えしているということが事実では」「Go Toトラベルが感染拡大の主要な原因であるとのエビデンスは、現在のところ存在しない」と答弁したとき、科学分野とは「エビデンス」の概念が違うのかと疑った。そもそも、「今後の旅行推進による移動の増加に伴い、感染者が増加するか」という観点から、事前に検証方法や指標を設定でもしない限り、「エビデンス」が突然ポッと現れることはない。


 ところが、調べてみると、政府は令和元年(2019)度以降、「EBPM:evidence-base policy making」に取り組み、「政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確にしたうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとする」「政策効果の測定に重要な関連を持つ情報や統計等のデータを活用したEMPMの推進は、政策の有効性を高め、国民の行政への信頼確保に資する」と謳っていた。今後は「県民の意識引き締め」などを目的に緊急事態宣言の適応を要請する県が出てくるかもしれないが、政府がEBPMを基本に判断することを願う。


 1月13日夜の菅総理大臣記者会見では、「緊急事態宣言の対象拡大に関する見通しの甘さ」「東京オリパラへの意識が外国人ビジネス関係者の入国制限の判断に与えた影響」「(罰則化議論の前提として)保健所調査への回答拒否や虚偽回答の実態把握の有無」「1日万単位の感染者が出ている国と水準が異なるのに医療体制が逼迫する理由」「医療法や感染症法の改正によって状況を改善する意思の有無」など、鋭い質問が飛んだ。しかし、率直なところ、いずれも納得できる回答や考え方は示されず、リーダーの言葉というよりは、同じ報告事項を何度も機械的に聞かされているかのような印象を受けた。


 奇しくも内閣府の「対策分科会」は11月、政府に向けた「対話ある情報発信の実現に向けた提言」で、「実際の行動変容や適切な受診行動につながるよう、情報発信を強化することが緊急課題」と強調している。国民全体に行動変容を求める緊急事態下では、リスクコミュニケーションが平時以上に政策の成否を左右する。


 工夫を凝らした小池都知事の会見も「フリップ芸」と揶揄される昨今。ニュージーランドのアーダーン首相、ドイツのメルケル首相、日本の尾身氏などの言葉は、聞いてみようかという気にさせられる。ノウハウやわかりやすさに加え、相手に伝えたい、伝えなければという真摯な気持ちが芯にあるかどうかの違いなのかもしれない。


【リンク】いずれも2020年1月13日アクセス

◎厚生労働省.「新型コロナウイルス感染症対策アドバイサリーボードの資料等」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00093.html


◎内閣府.「第19回新型コロナウイルス感染症対策分科会(2020年12月23日)」関連資料

「現在直面する3つの課題」

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/bunkakai/cyokumen_3tsunokadai.pdf


◎首相官邸. 「新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見」

https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2021/0113kaiken.html


◎内閣府.「内閣府におけるEBPMへの取組」

https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html


◎内閣府 新型コロナウイルス感染症対策分科会.「“対話ある情報発信”の実現に向けた

分科会から政府への提言(令和2年11月12日)」

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/bunkakai/seifu_teigen_15.pdf


[2021年1月14日9時現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。