『アルツハイマー征服』(下山進著・角川書店)
エーザイと米バイオジェンが共同開発するアルツハイマー病(AD)治療薬「アデュカヌマブ」の米国での承認について、FDA(米食品医薬品局)が3月7日までに結論を出す。症状の進行そのものを食い止めることが期待される初の治療で、薬を待ち望む患者だけでなく、製薬業界でも承認の可否に注目が集まる。本書は、その「アデュカヌマブ」の開発にいたる道のりを製薬企業や医師、研究者、患者の視点を交えながら詳らかにし、米国での承認の行方をうらなっている。
文藝春秋のノンフィクション担当者だった著者が、ADの取材テーマに選んだのは02年のこと。エーザイの内藤晴夫社長や同社のAD研究者である杉本八郎氏をはじめ、日米欧の主要人物に取材を重ねて新薬開発のドラマをつむぎだした。ただし、本書はよくある新薬開発をめぐる苦労話を並べた物語というわけではない。
AD治療薬と言えば杉本氏が開発し、エーザイの世界的躍進を支えた「アリセプト」が知られるが、社内では研究者同士の激しい派閥争いがあったことが描かれる。杉本氏は、ふとした口論から「軍団」と称するライバル派閥の男性を殴り左遷されたという。苦労話というより泥臭い話だ。当時の派閥争いなどについて、内藤氏がどのように考えていたか、本人の弁も興味深い。
エーザイがバイオジェンと共同開発の契約を結ぶ際の駆け引きもドラマティックだ。エーザイの「切り札」が何だったのか。バイオジェンが何を懸念していたのか。バイオジェンの交渉で参謀役を務めた「ドラッグ・ハンター」の異名を持つ人物のエピソードも交えながら舞台裏が明かされる。
過去に、ADワクチンの開発では、アイルランドのエランが失敗して経営が悪化。エランはその後、他社に買収されて13年に消滅する。製薬業界でAD新薬開発は成功率があまりに低く、リスクの高い事業になっているため、著者は「エーザイはエランの轍を踏んではならない」と強調する。
エーザイとバイオジェンの社運は「アデュカヌマブ」に左右されると言っても過言ではない。その承認に関しては、昨年11月に開かれたFDA諮問委員会で、治験結果に厳しい意見が相次いだ。結果的に諮問委員会の承認推奨を得られておらず、承認は見通せない状況にある。著者は「治験データは完全でないのは明白だ」としつつも、患者団体が承認後治験を強くFDAに望んでいることを書き、その承認に期待をかけているように読める。
果たして「アディカヌマブ」は承認されるのか。その可否が決まる前に業界関係者は読んでおきたい一冊だ。(H・I)