1月17日に始まったドラマ『天国と地獄~サイコな2人~』(TBS系)が好調だ。テレビ離れが進む昨今、ベタなタイトルにもかかわらず、リアルタイムの平均視聴率は1話16.8%、2話14.7%。放送後1週間での見逃し配信(1話)も236万再生に達したとか。


 主人公は、正義感が強く、暴走や失敗も多く周囲から煙たがられている刑事・望月彩子(綾瀬はるか)と、ひょんな事故で彩子と魂が入れ替わってしまうサイコパス・日高陽斗(高橋一生)。この2人を軸にストーリーが展開する。入れ替わり後の、何を考えているかわからない綾瀬の不気味さ、細かい仕草まで女子に見えてくる高橋の演技や、オリジナル脚本で先が読めないことが、話題になっている理由だ。


 日高は留学経験もある研究者で、現在は「コ・アース」という創薬ベンチャーを経営するやり手。世間的には好人物だが、ある猟奇殺人事件の容疑者となる。「殺人後の現場で犯人が業務用特殊洗浄剤を使う」「犯人の手袋のDNAが微生物によって分解され検出されない」など、化学・生物学的要素がちらほらある。また、怖いばかりでないコメディ要素も楽しめる。



■イメージ先行の「サイコパス」


「サイコパス(psychopath)」の「psycho-」は古代ギリシャ語の「psyche:呼吸、魂、心」に、「path」は「pathos:苦しみ」に由来する。「サイコパス」設定は、物語をスリリングにするために何度も使われてきたが、精神科医療で「サイコパス」という疾患名や診断体系が存在しているわけではない。


 医学的には、19世紀にPinel(フランス)やKraepelin(ドイツ)が注目し、20世紀に入ってもその概念がさまざまに議論されてきた。特にCleckley(米国)は「サイコパス」を「感情及び対人関係上の独特な性質を表す個人」、「サイコパシー(psychopathy)」を「情緒的な文脈において行動化する衝動性及び対人関係上の無関心さによって特徴づけられる人格上の障害」と定義づけた。


 Cleckleyは、医学部で教鞭をとる傍ら、退役軍人病院で精神科医療に携わり、自験例をもとに著書「The Mask of Sanity」を執筆。生涯にわたって6回改訂し、「サイコパシー研究」に大きな影響を与えた。Cleckleyの考え方を受け継ぎつつ、「サイコパシー傾向」を検出するためのチェックリストをつくった研究者に、Hare(カナダ)とLilienfeld(米国)がいる。Cleckleyは主に軍人、Hareは犯罪者、Lilienfeldは一般の人(大学生など)への適用を想定した。共通のキーワードは「感情・罪悪感・他人への共感の欠如」「計画性のなさ(衝動性)」「無責任」「反社会的行動」「表面的な魅力」などだ。


 米国精神医学会のDSM-5やWHOのICD-11では「パーソナリティ障害(personality disorder)」が、「精神病質」や「サイコパシー」の受け皿に当たる概念とされるが、全く同じというわけではない。


「パーソナリティ」は「見方や反応、考え方、他人との関わり方、振る舞いなどの持続的なパターン」で、属する文化の影響を受け、その人らしさを形づくる。誤解や偏見を助長する「精神分裂病」を「統合失調症」に変更したように、全人格を否定するかのような「人格障害」も「パーソナリティ障害」に変えられた。


 近年は精神疾患を連続したスペクトラムとする捉え方が優勢だ。「サイコパシー傾向」は「普通の人」の中にも見いだせる。しかし、「サイコパス」は猟奇殺人などの犯罪を扱う物語で繰り返し取り上げられ、イメージ先行で浸透してきた。




 トランプ前大統領に「サイコパス」またはもう少し柔らかい「ソシオパス」傾向があるとの指摘も過去何回かなされた。ちなみに、その姪で心理学者のMary L. Trumpは、同氏の性向には父親の世界観が大きな影響を及ぼしていると指摘する。例えば、「男はタフであり続けなければならない」「そのための嘘は許容される」「ミスを認めるのは弱さ」という考え方だ。勝手に「サイコパス」の烙印を押すのはよろしくないが、生育環境や教育がパーソナリティ形成を左右するのは事実だろう。


■「サイコ」イメージの変化


『天国と地獄~サイコな2人~』のような人格の入れ替わりは、「あり得ない設定だからつまらない」という人もいる。ただ、他者の強い影響を受けて、あたかもその人が憑依したかのように行動する例は実在する。


 例えば、Hitchcockの映画『サイコ(Psycho)』(1960)の主人公である青年は、執着心の強い母親に女手一つで育てられた。母親と愛人を嫉妬で殺してしまった後、その事実に耐えられず、自ら女装して「母親は生きている」と思い込もうとした。その結果、自分の中に自分と母親が共存しているときにもあれば、母親が全人格を支配する瞬間もあった。しかし、二度と元の自分自身に戻ることはなかったという設定だ。


 原作のヒントになったのはEdward Theodore Gein(1906~1984、米国)の事件。母親は狂信的なルター派信者で神と自分以外を否定。外の世界のあらゆる存在が「悪徳」と「堕落」だとして人里離れた農場に住み、歪んだ教育を行った。Edは「ちょっと変わり者だが善良な隣人」だと思われていた。しかし、母親の死後はその姿を求めて墓場をあばき、中年女性の遺体を解体・加工してチョッキ・食器・家具などをつくっていた。まさに、事実は小説より…の典型だ。


 さて、最近の韓国ドラマに『サイコだけど大丈夫』(2020)がある。この「サイコ」は「ちょっと変わった人」「個性が強い人」「周囲に流されない人」といったニュアンス。両親を失い、自閉症スペクトラム症の兄を支えながら暮らす主人公が、人気童話作家と出会うことで、自分の心の傷と向き合って成長していく物語だ。コロナ禍の韓国で「最高の癒しドラマ」と評され、高視聴率を記録したという。


「魂」という原義の「サイコ」を癒す物語は大歓迎だ。


【リンク】いずれも2020年2月2日アクセス


◎TBS日曜劇場.「天国と地獄~サイコな2人~」

https://www.tbs.co.jp/tengokutojigoku_tbs/


◎Universal Pictures. “Psycho: The Shower Scene.” →流れる「血」はハーシーのチョコシロップ

https://www.youtube.com/watch?v=BYnPGS9Ev8w


◎Netflix.「サイコだけど大丈夫」

https://www.netflix.com/jp/title/81243992


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。