新型コロナ感染症が広がって以降、以前にもまして増えた印象なのが、「免疫」を謳う治療や健康食品の広告だ。
実のところ、効果が科学的に証明された免疫療法はごくわずか。
本書『がんを瞬時に破壊する光免疫療法 身体にやさし新治療が医療を変える』に登場する「光免疫療法」は、新たに登場した「光免疫療法」を開発した著者が、誕生までの経緯から、仕組み、将来の可能性について、まとめた一冊である。専門的な内容ながら、一般読者向けにわかりやすくまとめてある。
治療に用いる医薬品「アキャルックス」と組み合わせて用いる医療機器(レーザ装置)は、2019年4月に先駆け審査指定制度の対象品目に。2020年9月には、条件付きではあるものの厚生労働省から承認を取得した。適応は「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」である。
詳細は本書に譲るが、光免疫療法のステップを簡単にまとめると以下の通り。
(1)がん細胞だけに特異的に結合する抗体に、光(近赤外線)によって化学反応を起こす物質(IR700)を搭載し注射する。
(2)抗体ががん細胞の表面のたんぱく質の抗原(EGFR)に結合する。
(3)そこを目印に光を照射。
(4)IR700が反応して、がん細胞の細胞膜に傷がついて破壊される。
光免疫療法の特徴は、抗体が結合していて光が当てられた〈がん細胞だけをピンポイントで狙い撃ちにして、破壊する〉という〈細胞レベルでの「高い選択性」〉を持つ。
また、〈光を当てる範囲や光量を変化させることによって効果を起こす場所や程度を高精度にコントロールできる〉という。
日本での新薬の販売が海外に送れる「ドラッグラグ」がしばしば問題視されるが、今回は世界に先駆けて、異例のスピードでの承認となった(スピード承認の背景については、詳しく探ってみたいところ)。
新しいメカニズムをもつ画期的な治療法や薬の場合、従来の治療法が効かない、治療法がない、といった分野から小さな規模で医療現場に導入され、徐々に治療対象を広げていくことが多い。
今回はEGFRが発現する「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」が対象だが、頭頚部以外にも皮膚、卵巣、乳、肺、胃ほか〈最も多くの固形がんをカバーする〉。
■画期的な治療法への期待と課題
著者は〈標準治療をパスするのは禁物〉というスタンスだが、現在の標準治療を上回るような治療効果を示し、治療対象を広げていくことができれば、将来のポテンシャルとしては大きなものがあるだろう。
また、抗体の種類を変えることで、他の抗原が発現しているがんの治療にも使える可能性がある。将来的には治療が難しいがんの代表である、膵臓がんもターゲットに入っているという。
新しい治療や薬剤は実際に導入してみなければ、副作用やリスクなどわからない部分がある。現時点で過剰な期待は禁物だし、日本が先頭を走るが故の未知のリスクもある。
しかし、リウマチのように新たな治療薬の登場が、治療の方法を一変させてしまったケースもある。将来、外科手術をしなければならいない患者が減少し、がん医療の世界が大きく変わる可能性もある。
まずは治療効果を出していくことが最優先だが、課題のひとつは治療の価格だろう。近年、がん治療薬をめぐっては画期的な新薬が登場する一方で、高額な薬価が問題視されてきた。
光免疫療法に関しては、著者が小さなラボでも実験できるよう安価なもので作ってきたことや、〈最終的な薬価が高額にならないようにと当初から目標を掲げていた〉ため、原価自体は比較的安い。それでも莫大な研究開発費が投じられていることで、1回の治療費は600万円程度かかる(大手製薬会社主導で、米国が最初の承認だったら、もっと高かったかもしれない)。
日本では「高額療養費制度」が使えるため、保険適用の範囲なら患者の個人負担は、一般の人が治療を受ける際に非現実的な金額にはならないはずだが、財政負担は大きい。治療対象となるがん種の拡大、医療現場のノウハウの蓄積で治療費が下がることにも期待したい。
なお、別物の治療法を実施していながら光免疫療法を掲げるクリニックもある。治療を受ける際には注意が必要だ。(鎌)
<書籍データ>
『がんを瞬時に破壊する光免疫療法 身体にやさし新治療が医療を変える』
小林久隆著(光文社新書760円+税)