「日本で最も長い伝統を誇る総合週刊誌」を“売り”にする週刊朝日は、今週から「創刊99周年」ということで、表紙にそれをうたっている。目玉特集は、その昔、まだ『ノルウェイの森』で爆発的に売れる前の時代から、『週刊村上朝日堂』という村上春樹氏の連載エッセイを載せていたつながりから、今や世界的な人気作家となったこの大御所の特別インタビューを実現させたことだ。


 と言っても中身は、ボサノヴァをテーマに村上氏が近くプロデュースする音楽イベントの告知的な解説であったり、「イパネマの娘」など若き日にボサノヴァの名曲と出会った思い出を語ったりと、編集部の問いに答えながら音楽・文化談義をするだけで、正直、よほどのハルキスト(春樹ファン)でなければ、さほど面白い記事とは思えないだろう。


 抱き合わせの特集記事の1本には『週刊朝日で生まれた名物連載』として代表的連載60本を一覧表にした記事もあり、たとえば開高健の『ずばり東京』や司馬遼太郎『街道をゆく』、西原理恵子・神足裕司両氏による『恨ミシュラン』、有吉佐和子『悪女について』など過去、同誌に載った名作や話題作を改めて振り返っている。村上氏の特別インタビュー掲載も、結局は「あの村上春樹氏さえも本誌に昔、エッセイを書いてくれていた」という週朝としての実績アピールこそが主眼、内容の面白さは二の次だったのだろう。


 それにしても、松本清張や吉川英治、野坂昭如、山本七平など、過去の連載執筆者の錚々たる顔ぶれには改めてため息が出る。最近の雑誌連載とはスケールが違う。もともと週朝は、出版社系の競合誌ほどインパクトあるスクープは見られなかった代わりに、質の高い連載をあれこれ取り揃える点が強みだった。


 前記『名物連載』の記事本文では、池波正太郎の『真田太平記』を担当した81歳になる編集部OBが池波との取材旅行の思い出などを回顧しているのだが、当時の週朝の部数は現在の10数倍、スタッフの人数も予算も桁違いに恵まれていただけに、こうした特集で「栄光の日々」を振り返ると、むしろ近年の誌面とのあまりの落差が浮き上がってしまうのが皮肉だ。


 週刊文春は、不人気に苦しむ菅政権をさらに追い詰める『菅首相長男 高級官僚を違法接待』というスクープを報じた。菅氏の長男・正剛氏は東北新社の社員。昨年10月から12月にかけて、社の衛星放送事業を所管する総務省の幹部4人を高級割烹や鮨店で次々と接待した。文春のカメラマンは、会食後、店を出たところで官僚らに手土産とタクシーチケットを手渡す瞬間の撮影にも成功、その模様をグラビアにまとめている。


 同誌の記事によれば、公務員が利害関係者の接待を受けることは国家公務員倫理規定に触れ、衛星放送事業で東北新社と競合するWOWOWの関係者は、「弊社にも総務省窓口の部署はありますが、官僚を接待することは絶対にない」「(官僚の側がリスクを犯し、東北新社からあえて接待を受けたのは)正剛氏の背後に父親の影を見るからですよ」と解説する。


 コロナ対応が後手後手に回り、非難に晒されている菅首相にしてみれば、泣きっ面にハチ、踏んだり蹴ったりの状況で、さすがに最近は気の毒にさえ感じられるほどだ。ちなみに、村上春樹氏は週朝の取材を受け、現在の日本の政治情勢について「政治家が間違うのは仕方がない」として、問題は「うまくいかなかった後の対応」にあると指摘、誤りをきちんと認め、オープンに修正しないことが国民の不信を招いている、と語っている。


 私も同感だ。失政にせよ醜聞にせよ、過ちそのものより事後的にそれを誤魔化そうとする醜悪さのほうが目を引く例が多い。前政権のモリカケ疑惑以来、その傾向が続いている。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。