1月14日に武漢に入った世界保健機関(WHO)の「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源調査のための国際チーム」は2月9日、中国との共同記者会見を開いた。


 主なスピーカーは、中国側責任者の梁万年氏、WHO国際チーム長のPeter Ben Embarek氏、国際チームメンバーのMarion Koopmans氏の3名。記者からの質疑応答を含め、英語は中国語、中国語は英語に逐次通訳され、会見は3時間近くに及んだ。



■「食品媒介」「ラボ流出」も含め論理的に検討


 梁氏は冒頭、今回は「疫学」「動物と環境」「分子疫学及びバイオインフォマティクス」の観点から調査を行ったとして、通訳部分を含め約1時間にわたり報告書を読み上げた。


 ようやく出番が来たEmbarek氏はまず、今回の調査の目的は「初期に何が起きたか」「ウイルスがどう現れ、ジャンプし、ヒトに感染するようになったか」をもう少し詳しく知ることだと述べた。そのうえで、「可能性がある4つの仮説を1つずつ、論理的に検証し議論していく」方向性を明らかにした。


 具体的に挙げたのは「①自然宿主からヒトへの直接伝播」「②自然宿主から中間宿主を介したヒトへの伝播」「③食品を介した伝播」「④事故による流出」だ。


 Embarek氏は食品安全と人獣共通感染症の専門家であり、調査には国際獣疫事務局(L’Office International des Epizooties: OIE)や国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United States: FAO)も関与している。


 ①②は人獣共通感染症においてごく常識的な可能性だが、③と④も挙げたことには一瞬驚いた。しかし、④についてはすぐに「非常に可能性が低い(Extremely Unlikely)」と補足した。



 会場にいた欧米の記者からは、「4つの仮説の可能性をそれぞれ%で表したらどのくらいか」「ラボからの流出を否定する理由は」「中国のメディアは他国を起源と言いたがるが、その可能性は」などの質問が飛んだ。


 これに対し、Embarek氏とKoopmans氏は、「各仮説の可能性について現段階では正確な答えがない」と率直に回答。また、「ラボ流出の否定」は、ウイルスの特徴や「数週間にわたり中国の異なるラボを訪ね、研究者とオープンな議論を行った」結果とした。


 一方、梁氏は、最初にクラスターが発生した華南市場で扱っていた野生動物を含む「冷凍食材表面に付着したウイルスからの感染の可能性」を匂わせたが、Embarek氏は「低温食品の表面でウイルスが生き延びるにはどういう状況があるのか必要に応じて検討していく」と、否定も肯定もしなかった。


■科学者の矜持に期待


 今回の記者会見の内容は、2020年7月31日付でWHOが公開した取り決め事項(“WHO-convened Global Study of the Origins of SARS-CoV-2. Terms of References for the China Part.”)の内容から大きく外れるものではない。


 この文書を読むと、調査の目的と背景がよくわかる。また、起源を探るうえで基本となる知識として、「ウイルスの系統発生」「SARS-CoV-2に対するさまざまな動物の感受性」「食品やその表面におけるウイルスの持続」「武漢での初期クラスターの状況」について、7月末時点での知見がまとめられている。


 今回の現地調査で、新たな知見が加えられ、研究の方向性の枝葉が整理されていくものと思われる。


 


 記者会見の締めくくりとしてEmbarek氏は、「登壇した我々以外に30~40人のチームで今回の調査を行った。さらに数千人がデータ分析に協力してくれた」と感謝を述べ、「複雑な研究を今後、国際的・学際的な枠組みで行うこと」や「遺伝子解析、臨床、疫学など既存のデータベースをつなげていくこと」の重要性を強調した。


 WHOは、COVID-19について「5分でわかる科学」動画シリーズも公開している。武漢調査に向かう前のEmbarek氏が登場したEpisode#21を見てみると、司会者の決め言葉は、“Stay safe, stay healthy and stick with science.”だった。


 社会に大きな影響を与える未曾有のパンデミックだけに、昨年来、ワクチンにしても治療薬にしても「政治化」が目立った。ウイルスの起源については、「将来、同様のパンデミックが起こることの阻止」という最終目的を忘れず、科学的・論理的な検討が行われることを期待したい。


【リンク】いずれも2020年2月10日アクセス

◎WHO. “Origins of the SARS-CoV-2 virus.” →“WHO-convened Global Study of the Origins of SARS-CoV-2. Terms of References for the China Part, 31 July 2020.”へのリンクあり

https://www.who.int/health-topics/coronavirus/origins-of-the-virus


◎WHO. “Coronavirus disease (COVID-19) science conversation. Science in 5.”→ “Episode #21 - COVID-19 - Origins of the SARS-CoV-2 virus.”

https://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/media-resources/science-in-5


[2021年2月10日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。