「文春砲」がまた政界を揺るがしている。東北新社で衛星放送事業などを担当する菅首相の長男・正剛氏が昨年12月、総務省幹部4人を次々接待し、手土産やタクシー券を手渡す瞬間を撮影したスクープの第2弾、タイトルは『菅首相長男「ウソ答弁」証拠音声を公開する』と付けられている。今回の記事では、国会で連日この問題を追及され、あくまでも懇親の席であり、許認可に関わる衛星放送などの話をした記憶はない、と言い募っていた総務省の秋本芳徳・情報流通行政局長の答弁を根底から覆す録音音声を示したのだ。


 この音声は小料理屋に集まった秋本局長と正剛氏、そして東北新社の子会社・東北新社メディアサービスの社長・木田由紀夫氏の3人のやりとりを、周辺の席に陣取った複数の文春記者たちが録音したものだ。このなかで3人は、BS放送への新規参入を積極的に推進する元総務政務次官の衆議院議員・小林史明氏を名指しして、先行企業の立場から不満や批判を語り合っている。騒々しい店内の雑音を専門業者によってクリアにした録音は、許認可事業をめぐる官民の密談を実に生々しく拾い上げている。


 3人にしてみれば、個室での会合にせず、一般席を選んだのが裏目に出た格好で、本来「密室でのやりとり」として闇に葬れる会話の内容が、文春取材班の徹底したマークにより、筒抜けになってしまったのだ。それにしても、毎度のことながら文春の取材力には舌を巻く。雑誌業界にライバルはいないのはもちろんだが、新聞やテレビの調査報道も、近年はこの一誌の後塵を拝している。


 今週の文春には、『自民党代議士また自粛破り “夜のパパ活”麻布ラウンジ通い』というスクープも出た。緊急事態宣言下の夜遊びの現場を押さえられた自民党・白須賀貴樹衆議院議員は、この記事で謝罪と離党に追い込まれた。もちろん、やみくもに夜の街を見張っても、要人の姿はそうそう見つからない。前出の記事と同様に、何らかの事前情報を得たうえで、張り込みをしたはずだ。スクープメディアとしての実績がさまざまなタレコミを呼び、その蓄積がさらなるスクープを生む。文春の独走状態は、編集部にそんな好循環を生み出している。


 一方、この同じ号にはもうひとつ、『NHK“驚きの有馬・武田降板”と菅・二階の怒り』という記事が載っている。『ニュースウォッチ9』で菅首相に学術会議問題の質問をし、怒らせた有馬嘉男キャスターと、『クローズアップ現代』で二階幹事長に「政府のコロナ対策は十分か」と聞き、不興を買った武田真一アナというNHKの「2大看板」が降板する異例事態を紹介した記事だ。有馬氏のケースでは番組が放映された直後、山田真貴子・内閣広報官が政治部長あてに電話で抗議したことが広まっている。いずれにせよ、両ケースとも政権の顔色をうかがう局内部の「忖度」が働いた結果なのだろう。


 その背後には当然のことながら、政権の意向も存在したはずだ。過去6年間、各局の硬派キャスターは軒並み、同じパターンで番組を去っている。にもかかわらず、肝心の「圧力の有無」は未だ暴かれてはいない。政権と局幹部の「内密のやりとり」あるいは「阿吽の呼吸」による意思伝達と見られ、決定的証拠は出ていないのだ。ことの深刻さから言えば、こういった報道への介入こそ、現政権(および前政権)の最も悪質な部分だが、この件で政権はまだ一度としてダメージを受けていない。


 願わくば、この「メディア介入問題」でも、いつの日か文春砲が炸裂し、具体的なやりとりの音声が暴かれてほしい。それが出ないうちは、どんなにバレバレの「疑惑」でも政権はシラを切り続け、それがまた通用してしまう。そんな絶望的状況が続いているからだ。


※前回言及した森喜朗氏の会長辞任問題で、大会組織委とJOCを混同する書き方をしてしまいました。お詫びして訂正します。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。