英国で世界に先駆けて新型コロナウイルスワクチンの接種が開始されてから約3か月。Oxford大学に本拠を置く「Our World in Data」によれば、2月末までに全世界で約2億4,400万回のワクチンが投与され、絶対数では多い順から米国7,500万回、中国4,000万回、EU3,300万回、英国2,100万回だった。また、人口100人当たりでは、イスラエルの93.5回がダントツの1位、次いでアラブ首長国連邦(UAE)60.87回、英国30.77回、米国22.5回と続く。一方、EU全体では7.43回だ。


 それぞれの国・地域などが接種を始めたワクチンをみると、「米英陣営」「ロシア陣営」「中国陣営」に色分けされる一方、UAEは全陣営から購入するなど、各国間の関係や思惑が透けて見える。


 日本でも2月17日にPfizer-BioNTechのCOMIRNATYの先行接種が始まり、3月1日までに100施設で31,785回の第1回目接種が行われた。計算してみると人口100人当たり0.025回の段階だ。これから接種を進めるうえで鍵となる安全性情報について記事を作成していたところ、国内のワクチン被接種者で初めての死亡事例の報告が飛び込んできた。



■コホート調査結果をリスコミの材料に


 先週、2月26日の「第52回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会/令和2年度第12回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催)」では、「先行接種者健康調査」が主な議題となった。特筆すべきは、この調査が「国民に新型コロナワクチンの安全性情報を発信するリスクコミュニケーションの一環」と位置づけられていることだ。


 調査の枠組みは、日本が供給を受ける契約をした3種のワクチン、つまりCOMIRNATY(=BNT162b2、Pfizer-BioNTech)、AZD1222(=ChAdOx1 、AstraZeneca-Oxford)、mRNA-1273(Moderna)の接種がいつ開始されるかわからない段階で作成されたものだが、COMIRNATYが最初の実施例となった。


 この調査には、原則として先行接種者全員が参加し、「健康観察日誌」をつける。記録する項目は、体温、接種部位反応(発赤、腫脹、硬結、疼痛、熱感、かゆみ)および全身症状(頭痛、倦怠感、鼻水)の有無と程度だ。接種後の病休などは「その他の症状」欄に記載する。現れた症状に対して薬を使った場合は薬剤名のみ記載する。使用量まで求めないのは参加者への負担への配慮と、量による層別化までは難しいという現実的な判断による。


 ブレが少ないよう、日誌の裏側には程度を判断する目安が示されており、発赤・腫脹・硬結の大きさを測る透明の定規と体温計も参加者に配布された。研究代表者の伊藤澄信氏は質疑応答で「医師主導治験の経験から問題はない(ブレを少なくできる)と考えている」と語った。


 対象は3つの機構に属する病院職員で、副反応検討部会が開催された2月26日までに2万人近いコホートを確保できた。「先行接種者健康調査」被接種者のうち同意が得られた人に対して企業の「製造販売後調査」を行うが、シームレスに実施できるよう前者の説明時点で書面に後者への参加意思をチェックする欄も設けてあるという。




 この日の副反応検討部会では、2月17日~25日に医療機関から報告された「副反応疑い」3事例の一覧表が提示された。症状は「①皮膚及び口腔内のアレルギー反応」「②冷感、悪寒戦慄」「③脱力(手足が上がらない)、発熱」で、いずれも接種当日に発生し、重篤だったが回復している。報告医評価による因果関係及び基礎疾患はそれぞれ「①あり」「②評価不能」「③あり」、「①食物アレルギー」「②神経線維腫症」「③なし」だった。また、①は年齢・性別非公表、②③は40代女性だった。


 これは先行調査最初期の報告であったため、厚生労働省のホームページにも早々に公表されたが、今後は副反応検討部会を適宜頻回に開き、評価したうえで公開する方向とされた。ただし、上述の死亡事例(1例目)は直ちに同ホームページに掲載された。一覧表には「接種日は2月26日、発生は3月1日、60代女性、基礎疾患なし、報告者は現時点では因果関係評価不能と報告」とあり、医療機関からの「副反応疑い報告」の概要には、死因は「くも膜下出血と推定される」と記載があるとのこと。


 日常業務を続けながら「先行接種者健康調査」に参加する病院職員の方々には心から感謝したいが、職員構成上、60歳以上は8.6%で、男女比の偏りもある。65歳の540人については別途解析していくが限定的な知見になるため、高齢者への接種にあたっては海外報告等も含めて検討していくという。


 また、部会での議論ではないが、子どもを産む世代の女性職員の中には、ワクチン接種による長期的な影響を懸念する人もいる。優先接種順位から「高齢者での安全性」に注目が集まっているが、「病院職員であるがゆえに先行接種対象となり不安を抱える若手の女性についても早急なリスコミが必要」と指摘する専門家もいる。


 なお、今後のサブグループ解析を想定し、接種時点の治療中疾患や既往歴も把握されている。



■「有害事象」「副反応疑い」「副反応」の理解は必須


 医薬業界の読者には釈迦に説法だが、「有害事象」は接種後に生じたあらゆる好ましくない病気や症状を指し、その中に「接種による副反応」と、因果関係の判断が難しいグレーゾーンの事例、おそらくは「因果関係がない偶発事例」が含まれる。接種後に起きた事象を伝える際、この関係図を国民に繰り返し示し、「常識」としてもらうことがリスコミの第一歩となる。


 WHOの「COVID-19ワクチン報道のヒント」(2020年12月7日公表)には、「起こりうる副反応を伝える(開示する)」という項目がある。新型コロナウイルスワクチンは過去に例をみない速さで開発され緊急使用等の承認を受けているため、一般の人が抱く不安を和らげるために副反応の情報が必要という趣旨だ。


 とはいえ非公開や隠蔽だけでなく、評価のない情報の垂れ流しも国民のワクチン不信につながる。これはメディアだけでなく、国のリスコミにも共通の課題だ。



 戦略的PRコンサル会社ケクストCNCが行った「新型コロナウイルスに関する国際世論調査 第6版」では、日本人の「ワクチン不信傾向」が示された。対象は、英国、スウェーデン、ドイツ、フランス、米国、日本の成人各1,000人。新型コロナウイルスワクチンの接種を受けたいか、「絶対受ける」「たぶん受ける」「たぶん受けない」「絶対受けない」の4段階で回答を求めたところ、日本は「絶対/たぶん受ける」の合計が9月53%→12月50%でフランスに次いで低かった。一方、最多の英国は同時期に65%→70%、米国は52%→58%と増加していた。


■巧みな「リスコミ」戦略を参考に


 日本人の「ワクチン不信傾向」には、過去の有害事象の印象や、「(当然ある)リスクとベネフィットを秤にかけて選択する」意識や習慣の希薄さが影響を与えているのかもしれない。また、過去の報道や国のリスコミの在り方に原因を求め批判する人も少なからずいる。

 

 リスコミに関して、例えば米国疾病予防管理センター(CDC)の新型コロナワクチン接種推進の取り組みは目覚ましい。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染状況の差や、国内開発のワクチンを利用可能かなどの違いがあり一概には比較できないが、「COVID-19 Vaccination Toolkits」で一般の人にも医療従事者向にも多彩なツールを提供している。国民に情報を提供し接種の気運を盛り上げるだけなく、ワクチンの誤情報が広まらないようSNS用のテンプレートまである。一方で、医療機関内での説明会用のパワポ等も用意している。


 米国在住者に聞くと、最初はためらっていた近所の高齢夫婦が医師の丁寧な説明で「接種を受けたい」という気持ちに変わった。1回目は同日一緒に接種し、2回目はどちらかの体調が悪くなったり入院したりする事態に備え別の日に接種するなど、バックアップ体制が凄いという。また、別の在住者は「ワクチンは公共財という意識がある」「接種できる機会があるのにしないという発想はない」と語る。それが全体像とは言えないが、そうした側面もあるのだろう。

 

 

 日本でも「リスコミ巧者」が現れてきた。一例は、一般の人と医療従事者両方に、COVID-19や新型コロナウイルスワクチンに関する正確な情報を届けるプロジェクト「こびナビ」だ。運営は医療従事者自身で、国内メンバーがコンテンツ作成の中心になりながら、海外で臨床や研究に携わる仲間が「COVID-19ワクチン接種体験記」を更新している。どうすれば届けたい人に届けられるかの戦略も練っており、自分からみれば新世代の発信者だ。


 既存のメディアも、新世代に期待するだけでなく、国民に正確に伝わり合理的な行動につながる報じ方を模索していかねばならない。

 

【厚生労働省による用語説明】


副反応疑い報告制度:予防接種後に発生した特定の症状(アナフィラキシー)や、医師等が予防接種との関連を否定できない重篤な症状の報告を行う制度。報告には、偶発的なものや他の原因によるものなど、予防接種との関連がないものも含まれ得る。


副反応:予防接種後に発生した病気や症状のうち、予防接種との因果関係が否定できないもの。


因果関係の評価:国内外の科学的知見等をもとに、外部専門家と連携し、個々の副反応疑い報告事例について、ワクチン接種との関連の評価を行う。さらに、因果関係の評価結果を踏まえ、厚生労働省の審議会※で、ワクチン接種の安全性を評価する。


※厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会


【リンク】いずれも2020年3月2日アクセス

◎厚生労働省. 「新型コロナワクチンについて」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_00184.html


◎厚生労働省. 「新型コロナワクチンの接種後の死亡事故の報告について(1例目)」

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_17104.html


◎Our World in Data. “Coronavirus (COVID-19) vaccinations.”

https://ourworldindata.org/covid-vaccinations


◎ケクストCNC. 「新型コロナウイルスに関する国際世論調査 第6版(調査期間:2020年11月20日~12月1日)」

https://www.kekstcnc.com/jp/insights/covid-19-opinion-tracker-jp-edition-6


◎CDC. “COVID-19 Vaccination Toolkits.”

https://www.cdc.gov/vaccines/covid-19/toolkits/index.html


◎こびナビ.

https://covnavi.jp/


[2021年3月2日21時現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。