「エビデンス」という言葉に接する機会が増えた。かつては医療・医薬関係者との会話の中で登場するくらいで、あまり一般に用いられるイメージはなかった。
しかし、ここ5~6年、健康食品や健康器具、化粧品などの業界、企業のマーケティングを担うPR会社や広告代理店の人々からも普通に聞くようになった(IT業界やウェブマーケティングの人たちも好んで使う)。
エビデンスは本来、根拠とか証拠を意味する言葉だが、ヘルスケア分野では「効果・効能が証明された科学的根拠」といった文脈で使用される。
もっとも、その“エビデンス”の中味は多種多様かつ、信頼性に疑問符がつくようなものも少なくない。ヒト向けの健康食品なのに動物実験の結果だったり、調査した数が十数人程度だったり、特殊な環境での試験だったり……。
『「エビデンス」の落とし穴』は、世の中に出回っているエビデンスや医療・健康情報の、真偽・軽重の見分け方を一般にもわかりやすく解説した一冊である。
多少、医療や医薬に心得があれば、「100%効く」「奇跡の~」「免疫力アップ!」といったコピー、患者の体験談は〈あやしい健康情報のテンプレート〉と察しはつく。
しかし、悩ましいエビデンスもある。例えば〈正反対の二つの結果に対して、それぞれが「エビデンスあり」と打ち出していることがある〉ことだ。
例えば「フレンチパラドックス」。一時期、「赤ワインは体にいい」が定説のようになっていたが、昨今では〈健康にいい飲酒量は「ゼロ」〉という研究結果もある。
血圧、コレステロール、メタボの基準、糖質制限……等々、専門家によって見解や評価の数値が異なるものもある。
新たな学説や研究結果によって、過去のエビデンスが否定されることもある。実際、認知症治療薬「アリセプト」が出てきたときに、それ以前に使われていた治療薬で承認が取り消しになったことがあった。
つまるところ、エビデンスとは〈必ずしも科学的真実とは限らない〉〈絶対的真実ではなく、医学の進歩とともに日々更新され、変わっていくもの〉なのである。医学の進歩に合わせて、〈エビデンスのピラミッドや、エビデンスレベルなどの考え方は、今後も修正が行われ、新たなものに生まれ変わっていくか、新しい考え方に置き換わっていく〉だろう。
■動物実験はエビデンスの“圏外”
では、現在エビデンスとして出されているものの、評価はどうするか? 本書では信ぴょう性を6段階で評価する「エビデンスピラミッド」が紹介されている。わかりやすいので、目新しい“エビデンス”に遭遇したら、照らし合わせて評価してみるといいだろう。
最低ランクの6は「専門家の意見」。健康食品・トイレタリー商品などの広告で専門医(と称する人も多い)が登場している記事広告をしばしば見かけるが、危うさを感じるものも多い。
最高ランクは、「システマティックレビュー」「メタアナリシス」といった〈複数の研究を統合して、結果を出したもの〉である。
通常、システマティックレビューやメタアナリシスを経て、診断や治療の「ガイドライン」が作成される。ガイドラインの情報はかなり信頼性が高いと言えるだろう。
ちなみに、動物実験や試験管での研究は〈エビデンスの圏外〉だ。動物実験や試験管での研究結果をもって、近く新しい治療や新薬が登場するかのように読める記事に遭遇することがあるが、実用化へのハードルは高く、道のりは遠い。病気で苦しむ患者に過剰な期待を持たせはしないか、心配になることがある。
非常に納得感があったのが、〈テレビや新聞から情報を受け取ったら、まずは絶対にやっていただきたいことがあります。大事なのは、「とりあえず何もしないこと」〉。ウェブ情報も含めれば、玉石混交の“エビデンス”・情報の量はさらに膨大だ。メディアに身を置く身としては、真摯に受けとめ是正すべき指摘でもある。(鎌)
<書籍データ>
松村むつみ著(青春新書990円)