東京五輪・パラリンピック組織委員会は、過去3回、五輪開会式演出チームの内紛を追及する記事を連打した週刊文春に対し、記事掲載誌の回収やオンライン記事の全面削除を要求する高圧的態度に打って出た。この抗議、驚くべきことに記事内容の真実性にまったく言及せず、「きわめて機密性の高い」開閉会式の演出プランを(記事の中で)公開することは、著作権侵害や不正競争防止法違反、業務妨害罪に当たる、という一点で圧力をかけている。要は部外秘の式典内容を事前に世間にばらすのはけしからん、という抗議なのだ。
文春は早速、加藤晃彦編集長名で「東京オリンピックは、日本国民の多額の税金が投入される公共性、公益性の高いイベントです。日本で開催されるこのイベントが、適切に運営されているのか否かを検証、報道することは報道機関の責務です」と説明し、要求を一蹴した。そもそも、組織委が問題視している秘密の開示とは、昨年末、正式にチームを離任したMIKIKO氏が4月の段階で、IOCにプレゼンした280ページの内部資料を指している。前月には、電通出身のクリエイター佐々木宏氏が渡辺直美さんをブタに模すプランを提案してチーム内の反発を呼び、それでいて6月には責任者だったMIKIKO氏をチームから放逐、チームの責任者にとって代わるという「クーデター」に成功した。
文春の前号記事によれば、佐々木氏の背後で動いた黒幕は、演出チームを外側から管理・監督する立場にいた電通№2の高田佳夫という人物。だが、佐々木氏の新体制は、その後IOCとの折衝では独自企画をほとんど通すことができず、追い出したMIKIKO氏が作り上げていた案をこっそり切り張りしてIOCに示すようになったという。この不誠実なやり口を知ったMIKIKO氏が問い詰めると、それ以降、電通側から彼女への連絡は完全に途絶えてしまったという。
今回の抗議書で、組織委が開会式本番の秘密に関わるとして「開示」を禁じようとしているのが、ほかならぬMIKIKO氏のプランだという点が、さまざまな「内部事情」への想像を掻き立てる。MIKIKO氏本人のほか総勢500人にも及んだという彼女のスタッフは昨年6月から蚊帳の外に置かれ、その後、佐々木氏の体制下でMIKIKO氏案の「切り張り」が進められている、との情報に彼女は不快感を伝えている。普通に考えたなら、演出チームを退いてもらったMIKIKO氏らにもはや頼ることはなく、「部分的切り張り」についてもクレームがついた以上、新チームとしては自分たちの独自の開会式案をつくり上げているはずだ。そう思うのが普通だろう。
ところが組織委は今回、1年前のMIKIKO氏案が部分的にも報じられてしまうと、開会式演出の秘密が保たれない、と主張するのである。まさか、この期に及んでも組織委は追い出したMIKIKO氏が作り上げた演出に頼ろうとしているのか。しかも筋を通し彼女らに詫びを入れるでもなく、無断剽窃同然の姑息な切り張りを敢行する、というやりかたで。
ここまでくると、本番の開会式演出とMIKIKO氏の現案をキッチリと見比べて、彼女らを追いだした現体制が、よもやその「手柄」を我が物のように誇示することはあるまいな、と監視したくなる。彼女が去った後、まったくのオリジナル企画ができたなら、そもそも「秘密の開示」など心配無用だったはずだ。パクリともオリジナルとも言い切れない後ろめたさがあるからこそ、すべてを闇に葬りたい。文春への無理筋の抗議の裏側には、あまりに醜悪な舞台裏を何とか知られまいと右往左往する関係者の狼狽が感じられる。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。