誰しも、何かを偏愛していたり、他人から見て少し変わった行動をとることはあるはずだ。それが病的なレベルに達し、自分や他人に危害を加えるようになると、治療が必要になる。


『あなたもきっと依存症』は、「アルコール依存症」や「ニコチン依存症」といった古くから知られる依存症から、「ギャンブル依存症」「オンラインゲーム依存症」といった新しい依存症まで、「依存症」を広く解説し、対処法や治療法を探る一冊である。


 著者は、依存症を〈脳の機能障害に基づくコントロール障害である〉と定義する。


「単なる『好き』で、酒を飲みすぎたりしないし、ギャンブルもほどほど。自分は依存症ではないから大丈夫」と侮るなかれ。


 依存症は〈一種のグラデーションのように連なっており、今は安全であってもいつしかその深みにはまることがあるかもしれない〉からだ。


 例えば、酒やたばこ。最初からおいしいと感じた人は少ないはずだ。しかし、いつの間にか大量の酒が飲めるようになり、酒やたばこ抜きではいられなくなったという人も多いはずだ。〈「like」ではなく、「want」。これが依存症者の真実である〉。


 興味深かったのは「薬物依存症」だ。「ヒロポン」が栄養ドリンクのように売られていた時代と違い、現代日本では身近に薬物の存在を意識する人はマレだ。芸能人が薬物使用で逮捕されたり、空港や港で大量の薬物が発見されたりしてニュースになるときくらいか。


 しかし、世界を見渡せば、状況は深刻だ。それだけに想像を超える対策も出てくる。例えば、本書で紹介されていたスイスの「ハーム・リダクション」。


 政府がヘロイン依存者に適量のヘロインを清潔な注射器で注射する。薬物の過剰摂取による死亡や感染病の拡大といった、大きな害を削減するのが目的だという。


 台湾では、中国本土との交流の増加とともに、薬物問題とHIV問題が生じたが、ハーム・リダクション戦略を取ることで、HIVの抑制に成功した(新型コロナでも発揮されたが、台湾の医療的な課題への対応力は迅速かつ的確だ)。


 一方、ウルグアイのように〈大麻を合法化することで、ブラックマーケットを解体し、犯罪組織の弱体化〉を狙う動きもある。カナダや米国の一部の州で合法化も、そもそも一般に広く普及していることと、ブラックマーケットの存在が前提にある。


 ちなみに、米国では鎮痛薬などに用いられるオピオイドによる薬物依存が大きな問題になっているが、対岸の火事ではない。実は日本でも依存症のリスクがある薬が普通に処方されている。例えばベンゾジアゼピン系の向精神薬。不眠で医者に行って処方された薬を飲んだ結果、依存症になることもあるのだ。


■「おかわり無料」に反応する糖質依存症


「これも依存症か!」と驚いたのが、〈糖質依存症〉。太っている人は、単なる「食いしん坊」だと思いきや、〈糖質に対する報酬過敏性という症状を有している〉という。〈「おかわり無料」「大盛無料」に嬉々として反応してしまう人〉は、糖質依存症の可能性もある。


 全体を通して感じたのは、依存症の入り口でのハードルの低さだ。アルコール、ニコチン、ギャンブル、オンラインゲーム、糖質など、本書で取り上げられている依存症の多くは、入り口時点ではローコスト、ローリスクだ。


「タバコより害が少ない」と日本でも大麻解禁を求める声も上がる。ただし、〈認知機能の障害(学習、記憶など)、精神運動機能の障害(動作の調整、注意力など)〉といった害や依存性があるのは確かだ。医療用は別にして、今から嗜好品として大麻のハードルを下げる必要があるのか、よく考えたほうがいい。


 明らかに体に悪く、依存が生じるからと言って、すでに普及しているものを一律に禁止するのは難しい。税収など“大人の事情”もあるが、米国の禁酒法(1920~1933年)のように、取引がブラックマーケットに流れて失敗に終わった例もある。


 依存症の治療については、薬物療法(禁煙外来で処方される「チャンピックス」はよく知られている)や、認知行動療法、随伴性マネジメントほかさまざまな方法が紹介されている。


エビデンスがある治療法もあるが、依存症の人とどう向き合うかは難しい問題だ。被害者がいるような依存症の場合、本人の治療効果だけを考えることはできない。支える役割の家族の負担が大きくなることもある。過度なバッシングは治療の妨げになることもあるが、喫煙については行き過ぎたバッシングが、喫煙率を下げてきた面もある(いずれ酒も同じ道を辿るのだろうか……)。


結局のところ、「依存症だからコレ」という単純な正解はない。ただ、本書でさまざまな依存症特有の傾向や治療法を知っておくメリットは大きい。気持ちが楽になったり、他人や家族に寛容になれたり……。行動を正当化してしまう「認知のゆがみ」など、自分自身を振り返るきっかけにもなる。


成功率5%という自力禁煙あたりからチャレンジしてみたい。(鎌)


 <書籍データ>

『あなたもきっと依存症』

原田隆之著

(文春新書1045円〈税込み〉)