新卒の駆け出し新聞記者として、最初に配属されたのは埼玉県熊谷市の北埼玉支局。カバーする県北部の持ち場には隣の市・深谷市もあって、今年の大河ドラマ『青天を衝け』を見て、主人公・渋沢栄一の生地である血洗島の地名や情景を見聞きするたびに、懐かしさに浸っている。数多の小作人を雇い、藍を生産した渋沢家の豪農ぶりはドラマでも描かれているが、「中の家」(なかんち)と呼ばれたその拠点・渋沢家の母屋は、私が熊谷にいた1980年代にも江戸期の姿のまま美しく保存され、たまたまこの時期から90年代の10数年間は、さまざまな国の若者を一定期間受け入れては、日本語や日本文化を学ばせる「渋沢国際学園」の教室兼宿舎として活用されていた。


 私はオープンして間もないこの施設を地方版の連載記事で紹介するために、足繁くこの屋敷に通ったものだった。とは言っても、肝心の渋沢翁の功績には、明治期にさまざまな分野の企業を立ち上げた日本経済の草分け、というぼんやりしたイメージしかもっておらず、今回の大河を見るまでは、農家経営の傍ら攘夷思想にのめり込み、「草莽の志士」になろうとした青年期に関しては、ほとんど知らないままだった。


 今週の各誌はGW合併号ということで、ワイド特集が目に付くが、週刊文春には『「青天を衝け」を10倍楽しむ!』と題した計22ページもの大河ドラマ「完全ガイド」が掲載され、読み応えがある。現在までのドラマの面白さは、桜田門外の変をはじめとする幕末のダイナミズムに負うところが大きいが、気になるのは今後、明治期に入ってからの展開だ。2013年の大河『八重の桜』も戊辰戦争で活躍した会津藩の女傑の物語が、明治以降、女性教育者の先駆けとなってゆく後半部で、一気にスケール感が失われた。渋沢栄一の物語も明治になり時代が落ちつくと、雰囲気ががらりと変わるはずなので、肝心の経済人としての活動期が、ストーリーとしては弱くなってしまうのでは、と少々心配だ。


 それでも今週号の大河特集は、若き日の栄一が傾倒した「水戸学」の解説など、さまざまな蘊蓄が詰め込まれ、歴史好きの読者にはたまらない。私はこのところ、「五・一五事件」の際、民間人でありながら「農民決死隊」として決起に加わった農本主義者・立花孝三郎の「愛郷塾」をたまたま調べていて、その昔、桜田門外の変を決行した浪士たちの里・水戸の地に、70余年を経て愛郷塾が誕生した歴史の因縁を感じていた。


 さらに言えば、このリサーチそのものが、水戸出身の映画監督・深作欣二氏に関連して、その親戚に五・一五事件の参加者がいた、という情報がきっかけで、こういった「時代の点景」を無理やり結び付け俯瞰するならば、井伊直弼暗殺から五・一五事件、そして『仁義なき戦い』『バトル・ロワイヤル』などの衝動的“暴力映画”の発表に至るまで、地下水脈のように水戸の風土が影響したように思われて、歳月の不思議を堪能できるのだ。


 今週の文春には、もうひとつ計26ページの大型特集が載っている。こちらは『「歴史探偵」半藤一利という生き方』。文春で編集者を勤め上げたあと、昭和史研究の第一人者にまでなった作家・半藤氏の業績を多面的に取り上げた特集で、こちらもなかなかに重厚だ。生前の氏を知る文春OB5人による座談では、ひとりの出席者が「報道と文藝というのを言いかえると、外にある世界と内なる世界ですよね。自分自身の実感と社会の状況、(半藤氏の仕事は)この両方に橋をかける作業」だったと評している。


 しかも半藤氏の仕事には、この「個人」と「社会」のほか、「歴史」という時間軸の尺度もある。何らかの社会的・歴史的事象を見る際に、そういった複眼的な視座を持つことこそ、奥深いジャーナリズムの基礎であり、豊饒な物語を生む要素になる。ネット時代に欠落しているのは、まさにこの点に他ならない。そのことを改めて、今回の「歴史関連」の2大特集で考えさせられた。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。