東証の株価、日経225は2月15日、30年ぶりに3万円を超えて以来、パッとしない。その後は値下がりして2万8000円台に下がり、それを跳ね返して再び3万円を回復しても、たった1日か2日。翌日には再び3万円を割ってしまう。ニューヨークの株価が2万4000ドルの新高値を更新したりしているのとは対照的だ。一体、どうなっているのだろう。


 今さら言うまでもなく、株高の原因は世界的なカネ余りにある。世界中が新型コロナ対策として借金して市場に金をばら撒いたからだ。日本では、それまで安倍晋三内閣が物価上昇2%を目指して低金利、財政出動を主張し、日銀はそれに合わせてゼロ金利、いや、マイナス金利にするために株式を購入して市場にカネを供給してきたが、さらに新型コロナ対策として株を買ってきた。おかげで日本は世界一のカネ余りの国になり、株価上昇を支えてきた。


 当然というべきか、株投資で儲けた人も多い。1億円以上の儲けを出した個人投資家を「億り人」と呼ぶ新語も登場している。さらに昨今では株投資を案内するセミナーまで開かれている。


 先日の日銀の会見でも、黒田晴彦総裁は「物価上昇2%の実現には残念ながら時間がかかっている。しかし、目標は達成できる。今後も短期金利はマイナス、長期金利は0%を続ける。ETF(上場投信)も12兆円の購入を維持する」と語り、株式購入を続けることを表明している。


 すでに日銀の株式購入は東証一部市場の全銘柄合計の7%を占めている。GPIF(年金積立基金)もほぼ同程度の株式を買っているから国が上場企業の大株主だ。その昔、多くの企業が取引先企業と株式の持ち合いしていた。が、小泉純一郎内閣時代に竹中平蔵総務相が「株式持ち合いは市場を歪めている」と語り、株式持ち合いをやめさせた。おかげでモノ言う株主が活躍し、ファンドがTOBをかけるようになり、株式市場は面白くなった。


 ところが今、かつてと同じような株式持ち合いになっている。違うのは、以前は金融機関や企業の持ち合いだったのが、国が株式持ち合いをしていることだ。国が企業の株式を持つのは自由主義、資本主義に反するのではなかろうか。安倍前内閣は規制改革を「3本の矢」の3番目に上げていたが、日銀の株買い上げが市場を歪める株式持ち合いと同じになっているのを、どう理解したらよいのだろうか。


 ともかく、日銀の株式購入は続くことになるが、今後どうなるのか。もし、日銀が利益確保のために少しでも株を売却すれば、機関投資家やファンドが一斉に売り浴びせる。国内の機関投資家も即座に同調するだろう。むろん、株価は暴落だ。一部市場の売買の7割を占めている外国の機関投資家やファンドは、常に日銀の動向を注視している。


 例えば、売りに押され、株価が2万8300円を割りそうになると、「そろそろ日銀が買いを入れそうだ」と先回りして買い上がったりしているのだ。日銀であっても、株式の売買は証券会社を通して行われる。彼らは聞き耳を立てているから、たとえ、少しの売りでも日銀の売りかどうかはわかってしまう。従って、日銀は売りたくても売れない。


 年金も同様だ。売れば株価が暴落してしまうし、株価が下がれば含み損を抱えてしまう。GPIFも同様だ。売るに売れない状態が続く。無理に売れば、大損を出して、年金を支給できなくなってしまうかもしれない。


 一体、日本経済はどうなるのだろう。ある大手証券系のエコノミストは「日本経済は好調です。大体、日本企業の8割は好調で、業績が落ち込んでいるのは2割の業種です。ただ、この2割の業種というのは飲食業や旅行代理店、ホテル、航空会社、鉄道・バスなどのサービス業で、労働人口の4割を占めている。労働人口の4割が新型コロナ禍で失業したり、収入が減少したりしているために景気が悪く見える」という。


 余談だが、週刊誌時代、「景気は悪くない」という記事を書きたいときには証券会社系経済研究所のエコノミストから話を聞き、政府の言うことと違って「景気の実態は悪い」という記事を書くときには銀行系経済研究所のエコノミストを取材していた。


 というのも、多くのエコノミストは、まず政府系といわれる日本経済研究所に入り、政府系だけに豊富な資料を持っているから、その資料や経済統計を読み、経験を積む。その後、証券会社系、銀行系、あるいは、独立型の経済研究所に進むのが通例だ。従って、銀行系経済研究所のエコノミストは融資に慎重な銀行と同様に景況感は常に慎重だ。景気の実態は悪いと書くときには打ってつけだ。


 逆に、証券会社系経済研究所のエコノミストは、景気がいい、景気はよくなる、と楽観的な景況感を語ってくれる。なにしろ、景気がよくなれば、株価が上がり、親会社の証券会社が潤う、という目論見があるからだ。それをわきまえて新聞、雑誌を読む必要がある。


 もちろん、新聞では両方のエコノミストの話を載せることが多い。新聞社の意向、あるいは書き手の態度を鮮明にしたくないからだが、どちらのエコノミストの話を大きく扱っているか、重点を置いているかを判断すれば察しが付くだろう。


 それはともかく、確かに、日本の製造業の多くは輸出型で、新型コロナ禍でも中国やアメリカ向けの輸出で潤っているし、IT産業は世の「テレワークのススメ」で繁忙を極めている。結果、好景気を謳歌し、大金持ちが生まれている。その一方で、不況にあえぐ企業で働く4割の国民が貧しくなっている。貧富の格差がさらに開いていることになるのである。これが健全な資本主義にとっては大問題だ。


 貧富の格差が大きくなると、暴動や革命が起こりかねない。だからこそ、健全な資本主義には格差を生み出してはならず、多くの中間層を余裕のある中産階級に引き上げることが必要だ。「ゴールデン・フィフティー」という言葉がある。1950年代の豊かなアメリカ経済を象徴する言葉だ。第2次大戦後、アメリカでは大量の豊かな中間層が生まれ、ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコなどの大都市の郊外に一戸建て住宅が建てられ、中産階級に売れまくり、さらに自動車や電化製品が飛ぶように売れ、アメリカが栄華を満喫した時代だ。日本もドイツもアメリカのゴールデン・フィフティーのおかげで輸出を伸ばし、戦後復興を成し遂げた。


 こんなふうに経済の発展には余裕のある中間層が必要なのだ。4割の国民が失業し、収入が減っているという事態は健全な資本主義経済の発展には好ましいことではない。GoToでお茶を濁していてはいけない。イスラエルとまでは言わないがジョー・バイデンのアメリカのように、ボリス・ジョンソンのイギリスのように、トップがリーダーシップを発揮してワクチンを接種を進めなければならなかったはずだ。


 だが、それでも日本の株価は30年ぶりに3万円をつけた。億り人も数多く生まれている。証券会社によれば、株価上昇で個人株主はさらに増加しているという。巣ごもりですることがないから株式投資が盛んになったとも言われている。


 ところが、株価は3万円をつけた後、勢いを失っているかのようだ。2万8000円台に下がっては、また3万円に戻したりしている。どうして新高値を更新し続けないのか。


 実は、兜町には「個人投資家が登場したら、相場は終わり」という格言がある。多くの個人投資家が株を買い始めたら、個人投資家に高値を掴ませ、機関投資家や相場師は売り逃げて儲ける、という意味だ。いつの世もババを掴むのは個人投資家だそうだ。今の東証で売買しているのは外国人が中心だ。果たして兜町の格言通りになるのだろうか。少なくとも、ニューヨーク株と違い、3万円からなかなか上に行かないのは多少なりとも格言が生きていそうな気がする。