近年、「発達障害」という言葉が浸透してきた。書籍の発行点数も増えており、さまざまな切り口の本が登場している。発達障害の本人は周囲にわかってもらえず、つらい思いをすることも多いが、振り回される周囲も決して楽ではない。配偶者や職場の上司・部下といった立場なら、深く関係せざるを得ないからだ。


『発達障害と人間関係』は、発達障害の人と周囲の人との関係性や、コミュニケーションに着目した一冊だ。


 関係性やコミュニケーションを考えるには、発達障害とは何か、を知ることが第一歩。大きくASD(自閉症スペクトラム障害)、ADHD(注意欠如・多動性障害)、SLD(限局性学習障害)の3つに分類されるが、本書はとくにASD関連の記述が充実している。


 3タイプの詳細は、本書を参照してほしいが、例えばASDであれば、〈単独行動を好む〈限定した興味と反復行動〉〈同時に二つのことができない〉〈新しい環境や突然の予定変更には順応しづらく混乱しやすい〉といった傾向がある。


 発達障害の人と周囲の人との関係を考えるうえで、本書が“補助線”として用いているのが、「カサンドラ症候群」である。


 本来の意味は、〈ASD(以前の分類はアスペルガー症候群)の夫または妻、あるいはパートナーと情緒的な相互関係が築けないために生じる身体的・精神的症状〉である。著者はこの考え方を拡張して、〈職場においての仕事のパートナー、上司と部下、同僚などの人間関係にも適用される概念〉と提言する。


 実際、仕事の拘束時間や、関わらざるを得ない関係性を考えれば、夫婦と同様に職場の人間関係は濃密である。だいぶ薄れたとはいえ、日本では終身雇用が基本だから、転退職で関係を断ち切るのが難しい(大企業だと異動・転勤で関係が終わるケースもあるが、専門職や中小企業では上司・部下の関係が続くケースも多い)。


 偏頭痛や体重の増減といった身体症状も伴い、パニック障害、抑うつ、無気力などを引き起こす「カサンドラ症候群」は職場でも起こり得るのだ。


■ASDの上司・部下への対処法


 起こりがちなのは、ASDの上司が、部下に対して聞き耳を持たず、完璧を求めたり、自分で自分を制御できなくなったりするケース。


「しばらくの辛抱だから」と我慢してついていくと、目標を達成したことで〈上司自身の評価が高まり、さらに暴言に拍車がかかっていく〉のは、企業アルアルかもしれない。


 昨今はパワハラも顕在化しやすくなっているし、健全な組織なら結果を出すが、人望がない上司はいずれ失脚する。もし自分が部下になったのなら、〈上手な理屈をつけて選択肢を二つ示し、上司に決断してもらう〉〈上司を上手にほめて良い気分にしてあげる〉といった対処法で凌ぐしかない(“できるサラリーマンの処世術”みたいな話だが……笑)。


 ただし、その上司が会社のトップだったりすると、会社を辞めない限り、完全に逃れるのは難しいのかもしれない。ASDの人には、〈カリスマ性やこだわりによる専門性を発揮して、唯我独尊で仕事の結果を出して経営者になったり、起業したりする人も数多く〉いるという。


 身近な事例でよく聞くようになったのが、ASDと思われる部下を持った上司の悩みだ。マルチタスクが苦手で、ひとつのことに集中するあまりほかのことに気が回らなくなってしまうのだ。部下とクライアントとの間でトラブルが頻発し、火消しに追われ、精神的に追いつめられて休職した知人もいる。


 本書では、ASDの部下への対処法として、時間や場所、予定などをすべて「視覚化」すること、パターンを全部決めておくことを提唱する(それでもトラブルが起こる可能性はあるが……)。


 逆に、ASDの人は〈数字を使った客観的な評価は得意〉といった側面や専門分野で力を発揮するケースもある。海外の企業では、部下なしの専門管理職に登用しているケースもあるという。人事部や管理職のASDをきちんと理解しておくことは、企業の効果的な人材配置につながる。

 

 発達障害の現れ方は多種多様で、さまざまなケースが紹介されているが、身の回りの具体的な人物像が浮かんできた。おそらくメディアの業界には、一般的な割合より発達障害の人材が多いのだろう。本人や周囲の人々が適切な対処法を知っていれば、組織がもう少しうまく回るはずだ。


 そして読むほどに、自分こそがASDでは?と思えてきた。今一度、しっかり読み返して(とくに本稿で触れなかった第四章の「夫婦関係」)、自らのコミュニケーションのスタイルを見直したほうがよさそうだ。(鎌)


<書籍データ>

『発達障害と人間関係』

宮尾益知著(講談社現代新書946円)