新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を経験した人が直面する可能性があるとされる後遺症、いわゆる「Long COVID」については、国内外とも実態把握をしながら診療や支援の方法を模索している段階である。系統別にみると、精神・神経系、呼吸器系、循環器系、筋骨格系、消化器系、皮膚、免疫系など広範な領域の症状が報告されている。
多様な「Long COVID」が生じる理由や機序について、現在までに提唱された仮説では、「ACE2受容体陽性の感染細胞における傷害の残存」「ウイルスの潜伏感染持続による免疫刺激」「急性感染による、免疫細胞の撹乱あるいは自己免疫の活性化」などが挙げられている。
今後本格化する、国内の実態把握や診療・支援の参考に、海外の動きを調べてみた。
■病態未解明でも高まる支援ニーズ
病態が未解明であるため、用語も定義も定まってはいないが、COVID-19のホットスポット(大流行地域)では「Long COVID」を訴える人も多く、診療や支援のニーズが高まっている。
用語については、世界保健機関(WHO)や米国疾病予防管理センター(CDC)が暫定的に「post-COVID conditions」を採用。英国国立医療技術評価機構(NICE)のガイドライン(2020年12月)では感染者でみられる徴候と症状を時期別に分け、感染4 週までと4週~12週をそれぞれ「acute/ ongoing symptomatic COVID-19」、他の診断を除外したうえで12週を超えて続くものを「post-COVID syndrome」とした。さらに、これら臨床的な定義とは別に、4週以降にみられるもの全てを「long COVID」としている。なお、一般的には「Long covid」「Long Covid」「Long-COVID」など表記も一定していない。
英国の患者団体「LongCovidSOS」は、自分たちが経験している症状は過去の話ではないという意味で「post」という言葉への抵抗感を表明している。NICEが「post-COVID syndrome」と「long COVID」を併用する背景には、そうした心情への配慮があるのかもしれない。
WHOは現在、ICD-11の「特別な目的のコード」内に「post-COVID conditions」を記載。命名の理由は、急性期後に生じた時間関係だけを示し、因果関係を問わないニュートラルな表現だからだという。また、用途によって「社会(患者支援)」「臨床(診療)」「研究」の順に定義をより厳密にし、使い分ける必要があるという研究者もいる。
■患者を系統的に診る手がかりに
WHOが2021年2月に公開した「post-COVID conditions」の症例報告フォーム(Case Report Form: CRF)は3モジュール、10ページに及ぶ。
WHOは、COVID-19患者の臨床的な特徴をつかみ、管理に生かすために「Clinical Data Platform」を開設し、患者を匿名化した自主的なデータ提供を呼びかけている。症例報告フォームは、基本(コアフォーム)、妊婦、多系統炎症性症候群、「post-COVID conditions」の4種類がある。複数の項目で報告する場合は、同じIDを使う。
「post-COVID conditions」のCRFは、COVID-19の確定診断を受けたか疑い例として入院した患者は退院から、入院しなかった患者は急性期から4~8週後に初回の面談を行い、その後は症状の有無に応じて3~6か月後にフォローアップ面談を行うことを想定してつくられている。
具体的な項目を以下に示す。
【モジュール1:患者背景・疫学情報 】性・年齢・体格、過去3年の入院歴、高齢者施設居住者か、人種、喫煙の有無、妊娠の有無、基礎疾患(BMI30超の肥満を含む)、COVID-19急性期の検査・診断・重症度・治療(試験薬の使用を含む)
【モジュール2:フォローアップ面談時の状況・症状等】急性期以降の入院、再感染、新型コロナワクチン接種の有無・回数・種類、就業・通学状態の変化、セルフケア能力の変化、過去7日間の心身機能、急性期以降に経験した症状(アルファベット順に挙げられた50種の有無・経験頻度や持続度をチェック)
【モジュール3:フォローアップ面談時の診察・検査・診断】神経学的検査(13徴候)、画像検査(脳、胸部、心臓、肺、脊椎など7種)、血液検査(抗コロナウイルスIgA/IgG/IgM含む)、神経学・心血管・消化器・筋骨格・慢性疲労や疼痛・ADL・メンタルヘルスに関する検査の有無と詳細、COVID-19関連の新たな病気・合併症の有無(10系統79種)。なお、WHOがこうした検査をすべて行うことを推奨しているわけではない。
非常に詳細な症例報告フォームではあるが、目的は「漏れなく埋めること」ではなく国や報告者にかかわらず収集した情報を評価するために共通の基盤をつくることである。また、現状で考えられる項目を網羅しているので、「COVID-19を経験した後に辛い症状が続いている」と訴える患者を目の前にしたときに、除外診断を行い、その人のニーズに応じた治療や支援を行ううえでの手がかりになる。
■英国NHSは専門クリニックを設置
英国国民保健サービス(NHS)は診療や国民向けの情報提供でも先行している。
2020年11月にNHS Englandは約15億円相当を投じ、40程度の専門クリニックで、他科・多職種のチームによる先駆的な診療を行うことにした。NHSは英国内「Long COVID」経験者を6万人と見積もっているが、診療の対象は入院して確定診断を受けた患者、かつ、かかりつけ医(GP)からの紹介を必須としている。
イングランド北部のリーズ地域では、「Long COVID」の診療を3段階に分けて構築しようとしている。日本で始まっている「コロナ後遺症外来」も、総合診療を通して必要な人を適切な専門科に紹介し、症状に応じた対症療法を行う形が多い。病態が未解明の段階では、自然な流れといえる。
ただ、英国が日本と行っているのは、自分が「Long COVID」かもしれないと不安を感じる人への基本的な情報提供のしかたと、「支援が必要な人を積極的に見つけ出す」という姿勢の明確さである。
情報提供については、NHSの一般向けの「Your COVID Recovery」というサイトで、8つの主な症状を挙げ、①生じる理由、②特徴、③対処方法を示している。具体的には、呼吸困難、味覚・嗅覚障害、発声・嚥下障害、咳、酸素飽和度低下、筋骨格の問題・肩や背部痛、胸痛、動悸、記憶障害や集中困難、疲労、恐れや不安、気分の変動や葛藤であり、内容は実用的でわかりやすい。
要支援者の特定に力を入れるのは、社会全体への影響を考慮するからでもある。イングランドのレスター大学は、COVID-19で入院して2020年3~8月に退院した全英の1,077例を対象にその後の健康状態を調べた。患者は平均年齢58歳、女性36%、白人69%、入院前に就業していた者67.5%、入院中の機械換気実施27%、基礎疾患あり50%だった。
5か月後のフォローアップで「十分回復した」と感じる人は29%、「新たな障害が生じた」人は20%で、平均9つの症状が持続していた。また、25%以上に不安や抑うつの症状があり、12%にPTSDの症状がみられた。さらに、健康問題のために就業状態が変化した人が19%だった。
就業困難な状態が長引くことは、患者個人の負担となるだけでなく、社会的な損失でもある。退院または療養解除になった人が60万人に迫ろうとしているわが国でも、「Long COVID」の系統的な診療・支援は他人事ではない。
【リンク】いずれも2020年5月16日アクセス
◎WHO. “COVID-19 Clinical Platform Case Report Form (CRF) for Post COVID condition (Post COVID-19 CRF).”
◎英国国民保健サービス(NHS). “Your COVID Recovery.”
https://www.yourcovidrecovery.nhs.uk/
◎University of Leicester. “Study reveals seven in ten patients hospitalised with COVID-19 not fully recovered five months post-discharge.”
https://le.ac.uk/news/2021/march/covid-19-patients-not-fully-recovered
[2021年5月16日現在の情報に基づき作成]
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。