IOCの山口香理事が19日、共同通信のインタビューを受け、「国民の多くが(東京五輪の開催に)疑義を感じているのに、国際オリンピック委員会も日本政府も大会組織委も声を聞く気がない。平和構築の基本は対話であり、それを拒否する五輪に意義はない」と、主催者サイドを内部から批判した。そして続くコメントは、さらに衝撃的だった。
五輪開催はいったいどうなるのか。そんな根本的な問いかけに「もう(判断する)時機を逸した。やめることすらできない状況に追い込まれている」と答えたのだ。組織委は大会の観客上限を6月に決定する予定だが、そもそも予定通り五輪をやるかやらないか、その最終判断も一般には「まだこれから」と受け止められている。だが、山口氏の言によれば、もはやそういった「決断の場面」はありそうにない。このままただダラダラと、なし崩し的に開会式を迎える公算が強いようなのだ。もしそれが本当なら、リーダー層の人間が本当に厳しい局面で、責任から逃げてしまう「いかにも日本的」な展開だと言わざるを得ない。
そんななか、サンデー毎日はジャーナリスト鈴木哲夫氏の『小池百合子 東京五輪「6・1中止宣言」の現実味』という記事を載せている。7月にある都議選での自派勝利、そして首相の座をめざす野心も隠さない小池知事は、土壇場で「ちゃぶ台返し」をしかねない人物と目されるが、現状はまだ沈黙を貫いている。五輪中止の決断をするならばリミットは開幕2ヵ月前。東京や大阪などの緊急事態宣言が5月末に解かれるタイミングが、分水嶺になるのでは、と鈴木氏は見込んでいる。
週刊プレイボーイの政治学者・中島岳志氏と「時事芸人」プチ鹿島氏の対談(『結局、五輪で一番得をする政治家は誰だ!?』)では、中島氏がやはりキーマンとして小池知事の名前を挙げ、鹿島氏は小池氏に「政局の鬼」という異名があることを紹介した。中島氏は、彼女がもし「五輪返上」を言い出すなら、6月25日に告示される都議選の前だと見る。一方で菅首相は「選手や関係者の感染対策」と「国民の命と健康」の双方を守るという「あいまいな決意」をひたすら繰り返す。本音は予定通りの五輪開催だが、残された時間に頼みの綱のワクチン接種を少しでも進め、あいまいな発言で批判をしのぐ算段だという。閣僚以下、自民党内から中止論が噴き出る可能性はほとんどないらしい。
週刊文春は『徹底検証 五輪中止・延期「本当の収支決算」』という記事を掲載した。「さらなる1年の再延期」によって、満杯の観客収入およびインバウンド収入を得られれば、諸経費の上乗せを考慮しても、無観客開催や中止より経済効果が見込めるという。ただし元JOC参事・春日良一氏らの専門家は、「4年に1度という五輪モデルの崩壊」や「次期開催国、冬季五輪開催国などの反対」を理由に挙げ、再延期は事実上不可能だと言明する。IOCとの契約には、開催権の返上に伴う損害賠償をどうするか、はっきりした規定はないものの、巨額の損害賠償請求訴訟を起こされる可能性は否めない。
客観的な比較検討には、さらに重要なデータが欠けている。開催時と中止時の「コロナ第5波」の大きさ・長さを大まかにでも試算して、それぞれに呼応した規制措置による経済的ダメージを見比べてみることだ。無観客の大会開催か、それとも中止や延期に踏み切るか、果たしてどのパターンが傷口を最小化できるのか。素人判断では、皆目見当がつけられない話である。結局のところ、さまざまな経済的・疫学的見通しより、小池知事の「政治的野望」と「動物的な勘」、もし土壇場での方針転換がある場合は、そういった極めて限定的な要因にすべてが委ねられる異様な状況になりつつある。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。