河野規制改革相は5月18日、閣議後の記者会見で「新型コロナウイルスのワクチン接種の打ち手を確保するため薬剤師の活用を検討する」と表明した。関連の記事(日経新聞5月18日付)で、歯科医師の話題のあと「一方、調剤や医薬品供給などが業務の薬剤師は」という一節があり、いまだにファーマシューティケアの担い手とは捉えられていないのだな、と少しがっかりした。

が、気を取り直して、薬剤師が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種を担っている国は、どのような経緯、体制で実施しているのか、国際薬剤師・薬学連合(FIP)への報告内容を元に関連状況を調査し、日本と比較した。


■All or Nothingではない活用方法


 FIPの各国メンバーからの自主報告の範囲であるが、国としての新型コロナワクチンの接種開始が早かった英国、米国、ノルウェーなどは年明け1~2月に、フランス、イタリア、ポルトガル、フィリピン、カナダは3~4月に、薬剤師の接種が可能な体制を整えた。

 米国は、元々インフルエンザをはじめ、薬剤師による予防接種の仕組みがある(具体的に接種可能なワクチンの種類や対象者の年齢、医師による処方の要否は州によって異なる)。米国薬剤師会のサイトには、ワクチン接種の情報や実務に関する項目や、米国疾病予防管理センター(CDC)へのリンクもある。例えば、成人向け筋注の動画は5分程度とコンパクトだが、無菌操作や相手の体重に応じた注射針の使い分けなどの解説もあり、「打ち手が足りない」からといって、にわかに行うべきものではないなと感じてしまう。

 フランス、イタリア、これから薬剤師による接種を開始するオーストラリア(豪州)など、対象を健康成人に限ったり、リスクの高い人を除外したりする国も散見される。このように、薬剤師がワクチン接種を行う場合も、役割分担して柔軟に対応する方法もあり参考になる。また、接種初心者は、薬剤師に限らず経験豊富な医療職種の監督のもとで行うなど安全確保の工夫もある。




■政府にも明確なワクチン戦略が必要


 改めて、上述の10か国について、今年に入って以降の単位人口あたりCOVID-19確定症例数をみると、英米は一貫して減少。フランス、イタリア、ポルトガル、カナダ、ノルウェー、フィリピンは一時期増加傾向がみられたものの、現在は減少傾向にある。オーストラリアは、ワクチン接種開始が遅いが、感染は抑え込んでいる。

 一方、日本の実数はいまだ米国の半分以下であるものの、これらの国の中では唯一増加傾向にある。



 菅首相は5月7日に4都府県の緊急事態宣言を延長した折り、「1日100万回の接種を目標にする」と強調したが、現在のペースは26万回くらいのようだ。最もペースが速い米国で1日190万回、次いで、英国、フランス、イタリアが50万回前後である。

 最も開始時期が早かった英国は今年7月末までに成人全員の接種完了を、米国は独立記念日の7月4日頃までに成人の70%程度の接種を目標としている。英米と同じく2020年12月に接種を始めたカナダ(人口約3,800万人)は今年末までの接種完了を目標としている。

 日本の65歳以上人口は約3,600万人、土日祝を含めて本当に毎日100万回打てても2回接種するには72日、現在のペースではその4倍、10か月近くかかってしまう「計算」になる。

 ワクチンは決して「すべてを解決する万能薬」ではないが、人流が思うように減らなくなった状況での「ゲームチェンジャー」にはなり得るかもしれない。その意味で現実的なペースアップの方策が必要になる。



 今回、薬剤師によるワクチン接種を調べていると「カナダのCOVID-19ワクチン接種計画:命と生活を守る(2020年12月策定)」や「オーストラリアのCOVID-19ワクチン接種方針(2020年12月策定、2021年2月最終更新)」といった政策文書にも目を奪われた。

 例えば、カナダの場合はワクチン政策における行動原則として、①科学に基づく意思決定、②透明性、③原則の堅持と柔軟性、④公平・公正、⑤国民の関与(意思の反映)、⑥一貫した正確な情報の提供を掲げている。そのうえで、計画の鍵となる要素、接種を全国に拡げる方法、入手予定のワクチン、2021年末までのタイムラインなどを示している。

 まず、根本の部分で、いかに国民を守るかという方針と、ワクチンを入手し広く接種する戦略なしに泥縄式に対応するのでは、いつまで経っても出口は見えないのではないだろうか。


【リンク】いずれも2020年5月21日アクセス

◎FIP(International Pharmaceutical Federation). “FIP Covid-19 Information Hub.”

https://www.fip.org/coronavirus


◎APhA (American Pharmacist Association). “Immunizing During COVID-19.”

https://www.pharmacist.com/Practice/COVID-19/Immunizing-during-COVID-19

→CDC筋注動画へのリンク “Intramuscular Injection: Supplies(Adult 19 Years of Age and Older).”

https://www.youtube.com/watch?v=odQTVg7s3HA


◎Government of Canada. “Canada’s COVID-19 Immunization Plan: Saving Lives and Livelihoods.”

https://www.canada.ca/en/public-health/services/diseases/2019-novel-coronavirus-infection/canadas-reponse/canadas-covid-19-immunization-plan.html


[2021年5月21日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。