厚生労働省の人口動態統計(2019年)によると、日本人の死因の1位は悪性新生物(腫瘍)、2位心疾患(高血圧性を除く)、3位老衰、4位脳血管疾患、5位肺炎……と続く。
『死因のホント』は細胞や組織をみて診断したり、解剖を行う病理医が、〈死にゆく人間の体でいったい何が起こっているのか、死という自然現象とはどのようなものなのかを、医学的、生物学的に考えていく〉一冊である。
著名人の死亡報道を取り上げながら、死因別の亡くなり方、原因や症状、兆候などを解説していく。死因別の詳細は本書を読んでほしいが、〈突然死=急死の多くは、血管が原因である〉と説明したり、肺の病気で死ぬことを〈地上で溺れる〉と表現するなど、全体として具体的で、病態がイメージしやすい描写になっている。
目を引いたのが、〈浴室での死者数は交通事故の4倍〉という数値だ。突然死を引き起こしやすい心臓や血管の病気を扱った第4章で取り上げられている。
厚生労働省の研究班による推計では、入浴中の事故死は年間約1万9000人とされている。4倍というのは2015年の交通事故死との比較で、戦後最少を更新した2020年の2839人と比較するなら8倍以上だ。
冬場の浴室では冷えた脱衣所と温かい風呂場との寒暖差が大きい。寒暖差により、脳に向かう血液が減って意識を失ったり(そのまま溺死の危険も)、心臓や血管に負担がかかったりする。その結果、高血圧から心筋梗塞、脳出血、くも膜下出血等々の病気が生じる。いわゆる「ヒートショック現象」である。
そういえば、昨年、風呂場で急死した元プロ野球選手・監督の野村克也氏もまさにこのケース。虚血性心不全だった。もっと“浴室の危険”が啓蒙されてもいい。
日本はお酒に寛容なお国柄のせいか、タバコに比べて体への悪影響が強調されない傾向にあるのだが、本書は〈肝臓を壊すアルコール〉と手厳しい。重症型アルコール性肝炎、脂肪肝、慢性肝炎、肝硬変、アルコール性肝がんなど肝臓の病気以外にも、肝臓のダメージが腎臓に影響を与える肝腎症候群といった腎不全も紹介されている。〈「カラダのごみ屋敷化」が命を奪う〉のだ。
このところ、「安く酔える」ストロング系チューハイの普及やリモートワークで「アルコール依存症」が増えるリスクも指摘されている。麻薬などと違い、簡単に手に入るだけに、過度の飲酒には気を付けたいものだ。
■新型コロナが病理解剖にも影響
新型コロナウイルスは日本人に感染症のリスクを再認識させたが(感染対策の徹底のためか通常の肺炎やインフルエンザの死者が減ったほどだ)、病床数の不足など医療体制の問題点も明らかになった。
実は遺体を解剖して死因や治療効果などの詳しい医学的検討を行う「病理解剖」の分野でも問題が生じているという。
新型コロナウイルスに感染したか、感染が疑われる死者の解剖は感染対策がとられた空気感染隔離室で行う必要がある。だが、中小の病院では設備が整っていないことが多く、新型コロナ感染者の解剖ができない(ウェブサイトなどを見ていると、大学病院でさえ感染対策の基準を満たしていないケースもあるようだ)。
現状では、PCR検査やCTなどの画像診断で感染の有無を調べて解剖を実施しているという(それでも100%陰性とは言えない)。
1990年代以降、解剖数は大きく減少を続けている。コロナ禍が解剖のさらなる停滞を招けば「死因不明社会」につながる可能性もある(2000年頃から急増している死因「老衰」も、死因としては曖昧だ)。
新型コロナウイルス感染者の解剖ができないことは、病気や死因の実態把握や予防策を構築する点でも不利になる。
さて、これから病理医をめざしたい、という人に参考になるのが第2章〈病気と死のスペシャリスト、病理医とは〉だ。
日本における病理医は正直、マイナーな存在だ。日本でわずか2000人程度という(感染症を専門にする病理医となるとさらに限られる)。ただ、ドラマ化された漫画『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』などの影響もあり、知名度は上がっている。女優の芦田愛菜さんがめざしていることも話題になった。
病理医も他の勤務医同様に忙しいのは確かだが、〈他の診療科の医師と比べると、比較的時間に融通が利く〉という。子育てや介護など、家庭の事情を抱える医師にとっては仕事を続けやすいのかもしれない。〈知識のメンテナンスを続ければ、長く第一線にいられる>仕事でもあるという。
病理診断でもAI導入が進んでいくのは確実だが、著者は〈病理診断に費やす時間が少なくてもより高度な診断ができるようになる〉〈人手不足もAIと遠隔医療の導入で解消に向かう〉と見る。
「死因のホント」を探る病理医が人気を集める時代が来るのかもしれない。(鎌)
<書籍データ>
『死因のホント』
榎木英介著(日経プレミアシリーズ990円)