ぱっと見の印象だが、このところテレビの各種番組でスポーツ関連の話題が一気に増え、東京五輪開催への「世の流れ」は、いつの間にか「確定事項」「既定路線」となった感がある。『世界があきれる東京五輪』と銘打った今週のニューズウィーク日本版では、タレントのデーブ・スペクター氏が『開催前から自滅した東京五輪のフシギ』というインタビュー記事で、「今日もテレビ局でみんなと話したのだが、毎日、五輪開催について批判的な声を報じているのに、始まったら急に万歳しないといけなくなる、どうするんだよ」と、情報番組スタッフや出演者の困惑を自嘲気味に語っている。雑誌取材日とのタイムラグもあり、各局の現場はもう「万歳モード」に移行しているのかもしれない。


「今の状況で(五輪)をやるのというのは普通はない」。6月2日の衆院厚労委員会では、コロナ対策分科会の尾身茂委員長が、かつてなく強いトーンで危機感を示したが、週刊文春はトップ記事『西浦教授内部告発70分 「菅官邸は尾身提言を潰そうとした」』で、その背景を解説する。西浦氏によれば、政府の分科会や厚労省アドバイザリーボードに参加する尾身会長ら専門家有志約20人は週末ごとに非公式のリモート会議を重ねていて、2月以降、五輪開催のリスク評価にも着手していたのだが、5月中旬になり、いざ政府に提言を出したいと西村康稔・経済再生担当大臣に持ち掛けたところ、大臣は「待ってくれないか」とこれを押し留めたという。


 そして、尾身会長らの動きをストップさせた後、菅首相─小池都知事会談で開催への連携を意思確認、加藤勝信官房長官がNHK番組に出て「すでにIOCが開催を決めている」と語るなど、官邸は矢継ぎ早に、五輪開催を決定事項とする流れ、を作り出してしまったというのだ。遅れていたワクチン接種がようやく加速したことで、菅首相は強気になったらしい。


 果たして五輪開催によるコロナの拡大は、どの程度になるのだろう。選手団や関係者、観客にはごく一部、少数の感染者が出るだけで、国内全体の感染拡大は思いのほか緩やかな「結果オーライの展開」になる可能性もなくはない。感動の名勝負やメダルラッシュの朗報に、人々が日々熱狂する光景も生まれるだろう。それでもこの1年数ヵ月、コロナ禍の五輪をめぐる政府や都、組織委などの迷走は、五輪を神聖視する人が多かった日本国民にさえ、この祭典がとどのつまり、一握りの人間を潤わせる巨大ビジネスに過ぎないという教訓を焼き付けた。その点は、デーブ・スペクター氏も過去、同じニューズウィーク誌で「東京五輪のプラス効果」として指摘したことだった。


 今週の文春には、そういった側面からの五輪記事も2本、掲載されている。1本は『JOC経理部長自殺 “五輪裏金”と補助金不正』、もう1本は『五輪・ワクチンで笑う竹中平蔵パソナ徹底調査』である。前者の記事は、第1報が締め切りギリギリの7日月曜日だったため、掘り下げた内容ではないのだが、JOCの金庫番だった人物の五輪直前の死は、どうしても五輪招致時の「裏金疑惑」を思い起こさせる。竹田恒和・JOC前会長が理事長だった招致委が、アフリカのIOC理事に約2億3千万円もの裏金を払っていた疑惑の追及は、現在もフランス司法当局の手で続けられている。


 2本目の記事は、「令和の政商」こと竹中会長率いる人材派遣最大手パソナが、自治体のワクチン接種の窓口業務を手広く請け負ったうえ、実務は下請け業者に丸投げすることで空前の利益を上げ、五輪関係でも「オフィシャルサポーター」として、有償のスタッフ派遣を一手に取り仕切り大儲けする問題を取り上げている。ある意味、五輪開催による国内の「最大の受益者」とも言える立場にありながら、竹中氏は前述の尾身会長発言を「明らかな越権」と批判したり、五輪開催を危ぶむ国民世論について「世論はしょっちゅう間違える」などと嘲ったり、慎重派の神経を逆なでする発言を繰り返す。純粋にスポーツを愛するファン心理と、強欲な「興行師連中」への耐え難い嫌悪感。前者は決して後者のマイナスを帳消しにはしない。それはそれ、これはこれである。その意味で、日本人は今回、デーブ・スペクター氏の言うように、世のからくりに大きな教訓を得たように思う。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。