40代後半になったころから、友人知人や親族の介護問題に接する機会が増えた。
多くは当初、「自宅で介護」から入ることが多いような印象だが、継続するのが難しくなることも多い。継続が難しくなる理由のひとつが、医療面での問題だ。
『在宅医療の真実』は病院経営者、救急医として在宅医療にかかわる著者が、一般向けに在宅医療の仕組みといった基本から、問題点や改善点までを記した一冊である。
在宅医療は外来医療や入院医療に次ぐ「第3の医療」。通院が困難な患者が対象で、基本的には慢性期の医療だ(高齢者に限らない)。高血圧や糖尿病などが慢性期の代表格だろう。
〈病状は比較的落ち着いているものの、何かしら病気や障害を抱えている患者さんが自宅などで生活を続けられるように支えていく、病状をコントロールしていく〉。「治す医療」ではなく「支える医療」である。
昨今は緩和ケアを自宅で行うケースも珍しくなくなってきている。
某外資系医療機器メーカーに在宅医療用の検査機器を見せてもらったことがあるが、近年の小型化や検査項目の多さに驚いた。医療提供側がどこまで揃えるかは別にしても、技術の進化は著しいのである。
医療レベルは〈慢性期医療に関しては診療所で行う外来医療とほとんど差がなくなっている〉という。
間違った認識でいたのが、一人暮らしの在宅医療だ。結婚していても、通常は夫婦のどちらかが先に亡くなる。一人暮らしの在宅医療は、誰もが将来直面するかもしれない課題である。
正直、要介護度が上がると、在宅は困難だろうと考えていた。しかし、著者は〈一人暮らしでも在宅医療は可能〉とみる。
少し極端かもしれないが、本書にほぼ寝たきり状態になりながら、訪問看護、訪問介護、デイサービスを上手に使い分けて自宅での一人暮らしを続け、90代で亡くなった女性の事例が紹介されている。
■病院に運ばれるタイミングが遅い
冒頭記したように、著者は救急医として在宅医療にかかわっている。つまり、在宅医療を受けている慢性期の患者が急変したときに救急で運ばれてくる病院だ。
そこで生じているのが、〈患者さんが、病院に運ばれてくるタイミングがいつもワンテンポ遅い〉という問題である。
在宅医が引っ張りすぎたり、病院側が普段から高圧的な態度でコミュニケーションがうまく取れていなかったり、家族が病院に運ぶのを躊躇したり……。早期に的確な診断・治療を行えば早期退院できたり、元気になれたはずが、容態がかなり悪化してから連絡が来ることも多いという。
家族の側の延命治療と救命治療の混同も生じている。さまざまなチューブが何本もつながれて延命される患者(いわゆる“スパゲッティ症候群”)の映像が広く知られるようになったためか、高齢者への治療を十把一絡げに延命治療と考え、救命につながる治療を拒否されるケースが増えているという。苦しんでいるのに、勘違いによって家族が同意せず、治療してもらえないとしたら不幸でしかない。
最終章では、著者らが行った在宅医療と救急医療の連携を振り返りつつ、地域医療体制の構築について考える。つまるところ、〈在宅医療は、これまで病院にあった外来と入院ベッドが、各家庭・各施設に拡散した状態〉である。
在宅医と救急医の連携はもちろん、看護師、介護士、高齢者施設などの医療・介護サービスの提供側ほか、患者や家族など関係者との連携や円滑なコミュニケーションなくしては地域医療体制を築くことはできない。しかし、普段から医療・介護の職種間だけでなく、医師の間でもヒエラルキーや格差の意識を感じることがある。
本書に紹介されている取り組みでも、連携体制の仕組みづくり、在宅医と救急医のホットラインの構築、退院前カンファレンスの実施など、さまざまな関係者があたかもひとつの病院のように動くため、相当苦労した様子がうかがえる。
もうひとつ、本書を読んでいて、あらためて感じたのが制度や仕組みの複雑さだ。第2章では各種サービス、第4章では各種施設について解説されているが、一読してすべてを理解できるようなものではない。行政の対応のなかには〈制度運営上の違反を行っている〉ケースもあるというから厄介だ。専門家に頼らずとも、必要な人が簡単に使える、もう少しシンプルな仕組みに再構築すべきだろう。
「施設から自宅へ」の流れのなかで、在宅医療の課題や改善点を浮き彫りにする一冊。行政や医療・介護関係者にこそ読んでほしい。(鎌)
<書籍データ>
『在宅医療の真実』
小豆畑丈夫著(光文社新書968円)