「今さら入門書ですか?」と同業者に驚かれることも多いのだが、数年に1~2冊は医薬品業界への就職を目指す学生などを主な読者ターゲットにした“業界本”を読んでいる。
一口に医薬品業界と言っても、普段は追いかけていないテーマがあるからだ。突然、注目のテーマになる分野もある。今なら、感染症やワクチンが筆頭だろう。
『医薬品のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』は、研究開発から販売、社会保障システム、仕事や職種、法規制、最新のトレンドなど、医薬品業界をめぐる幅広いテーマを扱う一冊だ。読者の対象を幅広く想定しているようで、新たに医薬品業界で取引したいビジネスパーソンや医薬品株を売買する個人投資家にとっても有用な、数字を駆使した“少し深めの解説”が充実している。
個人投資家などと話していても、よく理解されていないと感じることが多いのが、研究開発型の先発品メーカー、後発品メーカー、OTCメーカーといった、タイプ別の医薬品メーカーのビジネスモデルの違いである。
医薬品メーカーは、他の業種から見ると利益水準や配当が高く、景気に左右されないことから、「ディフェンシブ銘柄」と一括りに言われることが多い。だが、タイプ別にビジネスモデルが違うのはもちろんのこと、得意とする領域や海外戦略など、会社ごとに異なる部分が多い。
本書では医薬品メーカーのタイプ、国内外の大手製薬会社の戦略、海外進出動向等をわかりやすく解説している。
先発品メーカーはまさに〈ハイリスク・ハイリターン事業〉。2020年、リウマチ治療薬「ヒュミラ」が年間売上高3兆円超えを達成したように、当たれば大きいが、外せば損失も大きい。
医療用医薬品では、最初の新薬候補物質の発見から製品化に至る確率は3万分の1、1つの薬を創るのに、10年の開発期間と1000億円ともいわれる研究開発費がかかる世界だ。
一方、国の政策の後押しもあって、急成長を続けてきた国内の後発品メーカーだが、〈切り替え率が目標としていた80%に近づき、市場の伸びが低下する「成熟市場」の時代〉に突入した。
世界上位に入る〈イスラエルのテバファーマスーティカル、米国のマイラン、ドイツのサンドは1兆円を超える売上高〉である。しかし、日本の後発品メーカーはー最大手で2000億円に満たない(それでもここ10年で大きく成長したが……)。競争激化で、〈国内外を含めた事業再編が進む可能性も指摘〉されている。
現在の医薬品市場の売上上位の半数近くがバイオ医薬品だ。バイオ医薬品版のジェネリックである「バイオシミラー」を提供できる後発品メーカーは限られている。事業再編の可能性は低くはないだろう。
医療用の漢方薬はツムラ、眼科薬は参天製薬が圧倒的な高シェア。OTCの漢方薬、目薬とは少し違った世界が広がっている。
■異例のコロナワクチン開発
時節柄、気になったのはワクチン関連の情報だ。新型コロナワクチンで使われているmRNAワクチン(モデルナ、ファイザー=ビオンテック)、ベクターワクチン(アストラゼネカ)などのタイプの違いや、開発手法、関わった創薬ベンチャーの概要がコンパクトにまとめられている。
日本では塩野義製薬、第一三共、アンジェス、KMバイオロジクスなどがワクチン開発を進めているが、海外勢に大きく出遅れた。
〈そもそもワクチン開発から製造までを一貫して担う会社自体が日本に少ない〉、〈新型コロナ患者数が少なく、比較対象試験を組みづらいという難しさ〉もあったことなどが、背景にある。日本でもモデルナ、ファイザーのワクチン接種が進んでいることから、今後、治験が難しくなる恐れもありそうだ。
ファイザーのワクチンは〈特例の審査簡略化の結果、申請から2ヵ月弱という短期間で承認〉されるなど、どれも異例のスピードで開発された。〈こうした開発手法は、これまでほとんど承認・実用化されたことがなく、早期の開発実現は医薬品業界でも驚きをもって迎えられ〉たほどだ。
日本でも「特例承認」となったが、著者が指摘するように〈今後の追加接種の必要性、変異株への有効性と対応、長期的な健康への影響など、不透明な部分が大きく、先が見通せません〉という部分もある。接種後の調査が非常に重要になってきそうである。
個別化医療、予防医療、ヘルステック……、医薬品業界の今後を占ううえでは、第10章の〈医薬品業界の将来像〉が参考になる。
医薬品業界をめぐる話題が満載の一冊。もう少し欲しいと感じたのは昨今トラブルが頻発している医薬品の広告に関連する情報くらいだ。医薬品業界の全体像を知りたい、情報をアップデートしておきたいという人におススメである。(鎌)
<書籍データ>
『医薬品業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』
松宮和成著(技術評論社1650円)