今週は各誌ともお盆前の合併号。近年の週刊文春合併号は「あの人は今」的なワイド特集のほか、月刊誌的なずっしりした企画も数多い。今回も、通常数ページの読書欄『文春図書館』を『追悼立花隆「読む力」に学ぼう』という16ページもの特別拡大版にしているほか、保阪正康氏、後藤謙次氏、辻田真佐憲氏の鼎談と歴史家・文化人6人の寄稿(もしくは談話)を合体した大特集『昭和史が教えるコロナ“失敗の本質”』、池上彰氏とマイケル・サンデル氏の『白熱対談「能力主義が社会を分断させた」』、23年間にわたる名物コラムを終えた小林信彦氏のロングインタビューなど、盛りだくさんの企画を載せ、読み応えがある。
立花氏の追悼特集では、『田中角栄研究全記録』『日本共産党の研究』『宇宙からの帰還』など著名人5人が氏の代表作5点を論じるほか、担当編集者だった3人がさまざまに氏の思い出を語り合っている。立花氏は『文春図書館』の一コーナー『私の読書日記』の執筆者を長く務めたが、27年半に及ぶ担当期間中、紹介した本は、トータル1200冊を超えるという。アカデミックな専門書からエログロ本、漫画に至るまで、名著あり奇書ありでカバー領域は実に幅広い。
毎回締め切りが近づくと、神田神保町の東京堂書店に行き、「50冊くらいに目を通して20冊くらいを買う」。さらにその中から取り上げる7~8冊を選ぶ、という作業を数日でこなしていたというから驚嘆する。若き日にあの『田中角栄研究』と『日本共産党の研究』の取材・執筆をかけ持ちで同時進行した逸話にも驚くが、「知の巨人」という呼び名にまさにふさわしい人だったと改めて思う。「大学でも、大学を出てからでも、何ごとかを学ぼうと思ったら、人は結局、本を読むしかないのである」。氏の著作には、そんな一文があるという。
『昭和史が教えるコロナ“失敗の本質”』はこの1年半、コロナ禍で迷走を繰り返したこの国の感染症対策と、かつて破滅的戦争に突き進んだ大日本帝国の過ちをさまざまな角度から比較・分析する試みだ。論者ごとに着目点は多種多様だが、東条英機と菅首相がともに人事にのめり込み、結果的に要職をイエスマンで固めてしまったこと、根拠のない楽観論にすがり、シナリオが崩れた先のことを考えなかったこと、失策の責任を誰も取ろうとしないこと等々、この国の指導者は結局、あの時代に何ひとつ学ばず、進歩していない事実に暗澹とする。
ハーバード大教授のサンデル氏と池上氏の対談は、サンデル教授の近著『実力も運のうち 能力主義は正義か』にまつわる内容で、その分析によれば、高学歴の成功者は、自助努力で「勝ち組」になったと思い込みがちで、実際には恵まれた生育環境の恩恵を受けてきたことを見落としている。そんな自己過信は、低所得者層=怠け者という偏見・蔑視と表裏一体で、そのことが低学歴・低所得者階層の反感を掻き立ててしまっている。つまり、米国社会を分断したトランプ現象は、たまたま「生まれ」に恵まれたに過ぎない高学歴エリートの尊大さにこそ、根本原因がある、という見方である。トランプ本人は大富豪であっても知性や教養に欠け、知的エリートから見下されてきた。その屈折した粗野な部分にこそ、大衆人気の源泉があるというのである。
各特集はそれぞれ独立した別個の企画だが、立花氏の特集で知性と教養の大切さを痛感し、先人の失敗に何も学ばない「知性なき国家指導者層」を憂いながら、一方で政治リーダーに知性を求めない時代になった背景に、知識階級の傲慢さがある、という見方も突き付けられ、思いは千々乱れる。ステイホームの夏休み、危機の時代に生きる意味合いを考える格好の合併号に思える。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。