アフガニスタン情勢が緊迫している。2年前、当時のトランプ大統領が米軍撤退を発表したのが発端だ。儲かるかどうかで判断するトランプ大統領らしい判断だが、英断だ。アフガニスタンでのタリバンとの戦争はブッシュ大統領が始めて以来20年になる。
米国にとって莫大な戦費と人命の損失を招いただけの無益な戦争だった。バイデン大統領が撤退時期をさらに2ヵ月早めて8月末の撤退を決定。アフガニスタン政府には今まで通りの経済支援を続けると約束して安心(?)させ、タリバンとはアフガニスタン政府と合同の政府をつくることを約束させての撤退だ。
以来、米軍は次々に撤退しているが、その最後の撤退時期を迎えているのである。新聞、テレビでも報道されているが、米軍撤退に合わせてタリバンの攻勢は強まり、すでに国土のほとんどを支配下に置き、首都カブールにも入った。約束なぞ守られるはずはない。米軍が撤退さえすれば、タリバンは瞬く間に全土を支配するのは当たり前だ。政府軍は弱いし、汚職で腐敗したアフガニスタン政府はひとたまりもない。いや、ガニ大統領は真っ先に隣国に逃げた。
米政府は3000人の軍の派遣を発表したが、声明通りスムースに米軍撤退を進めるためだ。ベトナム戦争で撤退したときのような醜態を演じないようにということだろう。英BBC放送の女性記者がタリバンの広報責任者にインタビューした内容を放送していたが、タリバンは「盗みをした者は手と足を切り落とし、凌辱した者には鞭打ちの刑を科す。すべてイスラム法に基づいた政治を行う」と語っていた。米軍撤退後は、その通りになるのだろう。
バイデン大統領の撤退声明を受けて、7月末にはドイツ軍が撤退し、続いてイギリス軍も撤退した。英BBCは「イギリス軍は任務を終了し、アフガンから撤退する。ジョンソン首相は『功績はあった。世界はより安全になった』と強調する。しかし、20年間の戦争の成果は450人以上のイギリス人兵士が死亡したということだけだ。一体、何を達成したというのだろうか」と報道していた。
一方、ドイツのテレビは「20年前、アフガニスタンに派遣した平和のミッションは、平和を実現できずに終わった。われわれは120億ユーロ(約1兆4000億円)を使い、延べ15万人を送りこんだが、多くの兵士が死亡し、名前を追悼の森に刻んだ」と語っていた。確かに、追悼の森の記念碑には戦死した兵士の名前が刻まれている。
ドイツはアフガニスタンに派兵したくなかった。だが、NATO(北大西洋条約機構)加盟国の恩恵を受けているのに派兵しないのは身勝手だ、同盟国としての義務を果たせ、と要求され、やむなく派遣せざるを得なかった。その成果が400人を超える兵士の名前を記念碑に刻んだことだった。
日本はアフガニスタンに派兵しなくてよかった。日本とドイツの違いは何か。憲法の違いだ。日本の憲法は交戦権を認めていない。平和憲法といわれる所以だ。ドイツの憲法は確か5回ほど改正しているが、交戦権を否定する条項がない。米国やフランスと同様だ(イギリスでは憲法に相当するのはマグナカルタ)。だから、軍の派遣を拒めない。大国としての義務を要求される。
日本はイラク戦争の折、米国から「ナショナルフラッグを見せろ!」と要求され、時の小泉純一郎首相は自衛隊をイラクに派遣した。当時の隊長が国会議員になり、人気者になっているが、イラクに派遣したのは施設部隊である。昔の言葉で言えば「工兵隊」であり、現地の実態は自衛隊の周囲をイギリス軍とオーストラリア軍が護衛していたのだ。万一、自衛隊がゲリラに襲撃され死者が出ると、日本は二度と自衛隊を海外派遣できなくなることを心配したからである。米国がアフガニスタンに日本の自衛隊派兵を要求しなかったのも、こうした経緯があるからだ。
憲法改正を求める人々は、中国の脅威、北朝鮮の核兵器装備に対抗するためにも憲法改正が必要だと訴える。とくに尖閣諸島に対する中国の挑発、台湾に対する脅し、など日本を取り巻く情勢は決して許されるものではない。憲法改正論者の主張はよくわかる。しかし、彼らは東アジアしか見ていない。世界全体を見ると、紛争地帯は中東、アフリカ、東ヨーロッパまで多くの地域にある。欧米、特にヨーロッパから見れば、東アジアの情勢はリスク地帯に過ぎない。無人島の領有権など、どうだっていいじゃないか、などと言い出しかねないのだ。
従って、憲法を改正すると、中東やアフリカの紛争地帯に自衛隊の派兵を欧米諸国は要求してくるだろう。交戦権を認める憲法に改正すると、紛争地に自衛隊派遣を要求されたとき、ドイツのように拒否できなくなる。世界は中国の膨張主義に批判的だが、急を要するのは東アジアではなく、民間人が殺害され、難民が急増する中東やアフリカの紛争なのだ。東アジアだけを見るのは近視眼的見方でしかない。近視眼的見方で憲法改正すべきかどうか論じるのは間違いである。
私的な見方だが、おそらく中国は直接、台湾を攻撃しないだろう。もし、そんなことをすればアメリカと正面衝突してしまうし、世界中から批判が巻き起こる。むしろ、中国の怖さは忠実な共産党員の軍人を漁師や民間人に扮装させて台湾に潜り込ませ、台湾内で暴動、いや、中国との合併騒動を起こすことにある。台湾内の騒動だから他国は口出ししにくい。米国が軍を派遣すれば、そのとき中国は近代化した軍を派遣し牽制するだろう。中国と中国共産党の狡さである。
尖閣はその次だ。中国本土だけでなく、台湾も領有権を主張しているのだ、という論法を取るだろう。ヨーロッパはイギリスを除いて中国との貿易に期待しているから、そのとき、日本の味方をしてくれるかどうかわからない。それまでは駆逐艦を沿岸警備隊に改造して日本に圧力をかけ続けるだろう。それに対して自衛隊が出てくれば、中国は「日本は軍隊を動かした。戦争を仕掛けた」と世界中に宣伝する。
米国は日本の立場をわかってくれても、欧州諸国は「中国のコーストガードに日本は軍隊を出した」と批判しかねない。「従軍慰安婦」問題を日本がどれだけ説明しても、国連の人権委員会はわかってくれないばかりか、人権侵害、性奴隷、と決めつけているのだ。アフリカや南米の国々も中国寄りになりかねない。日本は中国の挑発に決して乗ってはならない。中国の発展は日本の資金と技術で成り立っている。日本は軍事力を高める必要はあるが、同時に中国にとって日本はなくてはならない経済、技術力を持ち続けることだ。加えて、中国の経済力を削ぐために現在の輸入超過を解消すべきだろう。
東アジアだけを見る近視眼的視点で憲法を改正してはならないのだ。改正した結果、中東やアフリカの紛争地帯に自衛隊を派遣せざるを得ないような状況にしてはならない。今まで通り、中東やアフリカの紛争には関わらず、人道的援助に限ることが賢明だ。シリアのアサド大統領さえ、欧米から経済封鎖されたとき、「日本は医薬品を送ってくれた」と友好国扱いしている。
先述したとおり、アフガニスタンに派遣され、死亡したドイツ兵の名前は記念碑に刻まれているが、そこを訪れるドイツ人はほとんどいない。国民から忘れ去られている。息子たち(兵隊の意)をイラクやシリア、アフリカなど、日本の領土、国民生活と密接な関係がない場所で死なせてはならない。
憲法を改正すると、中東で、アフリカで、戦死しても、ドイツのようにどこかに名前を刻まれるだけで、誰も感謝してくれない。いつの時代も軍備増強を叫び、軍の派遣を言い出す人たちは、決して戦闘の前線には行かない。後方の安全な場所で声高に威勢のいい言葉を発するだけなのである。(常)