今年も、厚生労働省の社会保障審議会「医療保険部会」が始まった。
5月10、16、27日の3回にわたった審議は、内閣に設置された社会保障制度改革国民会議が出した「議論の整理案」に対して、医療保険部会の見解を示すというものだった。だが、傍聴していて正直がっかりした。


「この人たちは、いつまで対立を続けるつもりなのか」と。


 医療保険部会は、社会保障審議会の下部組織で、財政面から医療保険制度のあり方を議論する会議だ。委員は、診療側(医療者)、支払側(保険者)、財界代表、患者代表、地域代表、有識者など。一応、ここでの話し合いをもとに中央保険医療協議会(中医協)で具体的な診療報酬点数の設定が審議されることになっているが、ここ数年の審議で何か方向性を示せたことはあっただろうか。


 筆者は、2010年から時間の許す限り会議を傍聴しているが、この部会はそれぞれの委員が自分の利害を言うだけで、議論はいつも平行線。年度末のとりまとめも両論併記で、何も決まらないという印象が強い。そのせいで、高額療養費の負担軽減も棚上げされたままになっている。


 5月の部会も相変わらずだった。特に、対立が顕著だったのは国民会議が示した高齢者の医療費への財政支援問題だ。


 現在、75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度の医療費は、高齢者本人の保険料などが1割、公費が5割、残り4割は協会けんぽや健保組合など現役世代の人が支払う保険料で支援している。


 この支援金は健康保険の加入者数に応じて決まるため、加入者が多い協会けんぽの割り当てが一番多い。協会けんぽの加入者はおもに中小企業の従業員で、大企業の健保組合よりも相対的な収入が低い。2011年度の1人あたり平均年収は、協会けんぽは370万円、組合健保は536万円と、166万円も差がある。 


 協会けんぽの保険料率は都道府県によって異なるが、割り当てられた支援金を支払うために、2013年度は平均で10%(労使折半)まで引き上げている。一方、大企業の健保組合の保険料率は平均で8.635%。中にはいまだに6%未満という低い水準の組合もあり、協会けんぽに比べればまだまだ余裕がある。


 こうした不公平をなくすために、国民会議は、「後期高齢者医療制度への支援金は、加入者の年収に応じて支払う金額が決まる総報酬割に全面的に移行すべき」と提案。全面総報酬割の導入は過去の医療保険部会でも取り上げられているが、国民会議では全面総報酬割の導入によって浮いた公費は、財政状況のさらに厳しい国民健康保険の補助に使うことを提案している。

 現在、健保組合・共済組合との財政力の違いを考慮して、協会けんぽには国から2100億円(2013年度推計)の補助金が支払われている。全面総報酬割を導入すると、この補助金は必要なくなるので、国民健康保険の財政健全化に回そうというわけだ。


 この提案に噛みついたのが、企業側の委員たちだ。


 全国健康保険協会(協会けんぽ)理事長の小林剛委員は、「協会けんぽとしては(中略)全面総報酬割導入を主張してまいりましたが、これは被用者保険内の負担の公平性を実現するためであって、国民健康保険の財源を捻出するということではありません」と被用者保険の立場を強調。


 健康保険組合連合会専務理事の白川修二委員は「現役世代の負担を緩和する方向でこれ(浮いた公費)を活用していただかなければ、総報酬割に賛成するわけにはいきません」。日本経団連の森千年委員も「高齢者医療の多額な拠出金によって健康保険、協会けんぽ、共済組合など、被用者保険全体が非常に厳しい財政運営になっている」もタッグを組んで企業の論理を繰り返した。


 たしかに、高齢者の医療費を支援するために被用者保険の保険料率は年々上昇している。だが、高齢者の医療費を社会全体で支える仕組みがあるおかげで、現役世代は自分の親が医療費を使っても個人的な負担を抑えることができている。


 また、国民健康保険は自営業が加入しているだけではなく、会社を定年退職した高齢者の受け皿にもなっている。そのため、加入者の平均年齢が協会けんぽは36.3歳、組合健保は34.1歳と若いのに対して、国民健康保険は50歳と年齢層が高い。1人あたりの医療費も、協会けんぽが15.9万円、組合健保が14.2万円なのに、国民健康保険は29.9万円と被用者保険の2倍だ(2011年度)。


 さらにいえば、今や全労働者の3分の1が非正規雇用だが、その中には年収要件などによって社会保険に入りたくても入れない人もいる。本来なら企業の健康保険で面倒を見るべき人が国民健康保険に流れて、国保財政を悪化させているという側面もある。


 そのため、全国市長会国民健康保険対策特別委員長の岡崎誠也委員は、「被用者保険を退職された方々は全部国民健康保険で受けているということはご理解していただきたい」と企業側の主張をけん制した。


 日本の国民皆保険は、世界に誇れる素晴らしい制度だ。そのことは、WHOが2000年に、医療費、医療の質、医療機関へのかかりやすさから調査した健康達成度調査で日本が1位に輝いたことでも明らかだ。


 医療保険部会は、その将来像を話し合う重要な会議だ。参加する委員には、「国民が安心して医療にかかれる制度を作る」という共通のミッションがあるはずだ。であるならば、自らが所属する団体の利害を主張し、対立して終わるのではなく、「あるべき医療の姿」のイメージを共有し、それを実現するには「企業は何をすべきか」「医療者はどう振る舞うべきか」といった建設的な話し合いをしてほしいと思う。そこで求められたことが、自らが所属する団体にとって不利なことでも、公益にかなうことであれば譲歩して折れることも時には必要だ。


 ひとつの健保組合だけ生き残っても、医療保険制度そのものが崩壊してしまったら、自分たちだって困るだろうに……。ところが、現在行われている議論には、「みんなで話し合ってよい制度を作ろう」といった気概は感じられない。一体、いつまでこの不毛な対立を続けるつもりなのだろうか。


 もしかして、一生?


 だったら、勘弁してほしい。


------------------------------------------------------------
早川 幸子(はやかわ ゆきこ)

 1968年千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライター。編集プロダクションを経て、99年に独立。これまでに女性週刊誌などに医療や節約の記事を、日本経済新聞に社会保障の記事を寄稿。現在、朝日新聞be土曜版で「お金のミカタ」、ダイヤモンド・オンラインで「知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴」を連載中。2008年から、ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんと「日本の医療を守る市民の会」を主宰している。