外食産業や旅行業界のように、コロナ禍によって大きなダメージを負った業界は多い。職種という観点では、直接的な面談の機会や時間を大きく削られた営業職は、変革を迫られた仕事の代表格とも言える。
製薬業界における営業職「MR」(医薬情報担当者)は、コロナ禍以前から大きな環境変化が生じていた。
かつては高給で営業職の“勝ち組”とみられていたのも今は昔。大型新薬の特許切れに伴う各社の収益低下、医療情報専門サイトの普及、がんや中枢神経といった専門MRへのニーズのシフト……。
脂質異常症や高血圧の全盛期に活躍した万能型のMRには余剰感が生じ、いくつもの会社で早期退職を募る動きが加速していた(他業界から見ると、割増退職金の条件は驚くほどいいが…)。
中長期の環境変化に加え、コロナ禍で従来の仕事の進め方に見直しを迫られているMRは、これからどう生き残っていけばいいのか? そのヒントを探るべく手に取ったのが、『突破せよ!』である。
冒頭の第1章「製薬業界のガラパゴス化」では、営業職としてのMRの“時代遅れ”が明らかにされる。〈処方量(売上)ではなく、訪問件数で成果を測る〉はその象徴だろう。〈大手外資系製薬会社でも、訪問件数をMRの成果指標から外したのは、ここ2年ぐらい〉だとか。
営業職としてのMRは〈業界外から見ると「ガツガツ度」ゼロ〉。商品の価格決定権がなく、仕事が医薬品情報の提供(と収集)に限られてきたためか、〈本来の営業としての能力が後退してしまったように見える〉という。
昔、MRを製薬会社に派遣するCSO(医薬品販売業務受託機関)の幹部が、「製薬業界の経験者ではなく、自動車や証券、保険の優秀な営業担当者を優先している」と語っていたのを思い出した。数字にこだわる営業らしい営業を採用したいと考えていたのだ。
本書にはMRが身につけるべきさまざまな技法が登場するが、すべての営業に普遍的なのが、第3章の〈聴く力〉だろう。〈共感〉〈傾聴〉〈洞察〉といった基本もさることながら、紹介されている細かいテクニックも非常に実践的だ。
例えば、徹底的に客と同じ言葉を使う〈おにぎりとおむすびの話法〉。普段「おにぎり」という言葉を使っていても、相手が「おむすび」と言ったら、自分も「おむすび」という言葉を使う。MRが普段「製剤」という言葉を使っていても、薬剤部長が「お薬」と言っているなら「お薬」を使うべきなのだ。
細かなテクニックに思えるが、自分が買う立場になった状況をイメージすれば、すぐに腹落ちするだろう。ちょっとした工夫で、共感や心地よさが生まれるなら、やって損はない。
営業というと「流暢なしゃべり」が注目されがちだが、著者が進化型の営業スタイルとして推す〈価値共創型営業〉、すなわち〈お客様と一緒に新しいモノやサービスを創り出す営業スタイル〉を実践するためにも、聴く力は不可欠だ。
■オンライン面談は“一発で仕留める”
コロナ禍の訪問規制もあって、一気に一般化したのが、オンライン面談である。まだまだ医師の側で対応していないケースもあるが、コロナ禍の終息が見えないこともあり、普及のペースが上がっていくのは確実だ。本書でも〈オンライン面談力〉に37ページを割いている。
声の出し方や話し方、短くわかりやすく、といった基本はこれまでの営業でも重視されてきたが、オンライン面談では直接会わないだけに、より巧拙の差が出る。
“映え”やカメラ位置、オンライン環境の整備は、オンライン面談ならではの項目。注目したのは〈一度でクロージングする心意気〉である。繰り返し医師と会って時間をかけて処方に結び付けていく従来型の営業スタイルとは一線を画す。明確な目的を持って臨み、〈一発で仕留める意識〉だ。
オンライン面談に関しては、新人もベテランも初心者だ。オンライン面談の技法は差別化の強力なツールとなり得る。
大病院の医師は、そもそも忙しい。スピード感溢れるオンライン商談がコロナ後に主流になっていけば、製薬会社の営業拠点の統廃合が進むかもしれない。
成功体験に裏打ちされたスタイルを崩さない社会人は多いが、変化の大きい時代には、過去の経験・技術が陳腐化する仕事も多い。営業の基本から細かいテクニックまで、新しい時代の営業に必要とされる考え方やスキルを凝縮した本書は、MRなら読んでおいて損はないはずだ。(鎌)
<書籍データ>
柏恵子著(医薬経済社1650円)