今月末の衆議院選挙はどうなるのだろうと思っていたら、各紙が行なった世論調査の結果は「与党が過半数を維持するだろう」という内容だった。看板を岸田文雄首相に替えたのが功を奏したようだ。


 人気が凋落した菅義偉首相のままだったら、恐らく政権交代しそうだった。なにしろ、新型コロナワクチンの接種が遅れに遅れていたからだ。それは外国の状況を見ればわかる。


 昨春、当時の大統領だったトランプ氏がワクチン開発に1兆円を超える資金を出し、間に合わなかったが、秋の大統領選挙までにワクチンの緊急使用の承認を得ようとしていたし、ヨーロッパではフランスが「イギリスはワクチンの囲い込みをやっている」と非難したように、EU各国がワクチンの奪い合いを演じていた。イスラエルではいち早く、ファイザーとの間で自国民の情報提供を見返りに、いち早くワクチンを入手しているのに、わが政府は傍観していた。


 国内で承認されてから重い腰を上げて輸入しているのだ。接種でも4月末から65歳以上の高齢者向け接種が始まったら予約が殺到、電話はもちろん、ネットもパンク。予約が取れないという騒ぎになった。国民は政府の考えより一歩進んでいてワクチンを接種しなければ新型コロナに感染するリスクを抱えることを知っていたのだ。


 当時、菅首相は「9月末までに高齢者向けワクチンを終わらせる」と呑気なことを言っていた。国民と政府とでは考えに大きな格差が生まれていたのである。菅首相の説明をニュースで聞いたとき、東京オリンピックは7月に開催するのではなかったっけ、と思ったほどだ。


 バイデン米大統領は「1月に就任したら90日間に1億人にワクチン接種をする」と宣言していた。実際には2億人に接種したのだが、菅首相も7月中にワクチン接種を相当進めれば、オリンピックに観客を入れられたのに、人気も上昇しただろうに、と残念に思った。国民の考えに反して、ワクチン入手に失敗したのだから、不人気なのも当然だった。


 ある政治記者に聞いたら「当初、ワクチンの輸入は厚生労働省がやっていたが、埒が明かないので、官邸が担当することになり、それからワクチンが早く入るようになった」と、政府を庇うようなことを言う。そりゃそうだろう。国内で厚生・労働行政を担う厚労省が外国の製薬メーカーや外国政府と交渉するなど苦手なはずだ。最初から交渉に長けた人物を起用し、ワクチン入手をするのが首相の腕の見せ所であるはずだ。


 しかし、さすがに自民党は上手い。菅首相に人気がないとわかるや、菅降ろしを行ない、総裁選を全国規模で演じた。案の定、新聞、テレビは挙って自民党総裁選を逐一報道し、総選挙以上の賑わいを伝えた。


 老人ホームや病院ではテレビをつけっぱなしで、お爺さん、お婆さんはじっとテレビを見入っている。ご高齢者ほど投票に行くから格好の宣伝になる。これで自民党は変わったと印象付けることに成功している。この勢いで総選挙でも自民党はなんとか勝利できるだろう。


 だが、もうひとつ、自民党は手を打っている。緊急事態宣言が解除される見込みになったとき、いつも利用している理髪店にいったら理髪師が教えてくれた。理髪店は駅前のビルの1階で営業する店で、緊急事態宣言中も営業していた。


 理髪師は「お客さんは原稿を書いているんでしたよね」という話から「この付近のお店はみんな閉まっていますけど、大儲けしているんですよ」と言うのだ。理由を聞くと、「協力金ですよ」と、こんな話をしてくれた。


 昨年11月に国から協力金が出ることになった。当初は「1日4万円、最大で月60万円」だったが、飲食店から「これでは足りない」「少な過ぎる」と不満が爆発。秋の総選挙を控える自民党も慌てて協力金の引き上げを菅首相にぶつけた。


 加えて、千葉県知事選、横浜市長選でも自民党候補が完敗したことも加わって、協力金の金額が次々に引き上げられ、今では月100万円近くになるそうだ。加えて、県と市からも支給されるため、合わせると、年間で1000万円を超える店が続出し、店を開けているより、閉めているほうが材料費もかからず儲かる「協力金バブル」が起こっている、というのである。


 しかも、閉店している店のほとんどがテナントではなく、自前の店で家族で営業している店だから、協力金はそっくり懐に入る。そのカネでレクサスやBMWなどの高級車を買い、そのうえ、閉店中で暇だから高級車を駆ってゴルフに行ったり、釣りを楽しんだりしでいるそうだ。


 理髪師は20キロ弱離れた町から通勤している人で、「本当ですよ」と話を続けた。


「オヤジは床屋をやっていますが、オヤジに代わって私がスマホで申請しましたからね。国から100万円ほど出るし、県から50万円、市からも50万円が出て200万円になる。市から出る協力金は市によってまちまちで、ここの市は確か30万円。お客さんは自営業でしょ、協力金を貰えますよ。私が手続きをやってあげましょうか。スマホで簡単に申請できますよ」と言うのだ。


 私は丁重に辞退したが。理髪師は「ホントはテナント料の補助とか昨年の確定申告に基づいた収入分を補てんするとかすべきなんですよ。たぶん来年3月に協力金は収入として確定申告することになるのでしょうけど……」と付け加えたが、私はなるほどと納得した。


 今年3月に承認された令和3年度の予算に予備費として例のない10兆円が計上された。当時、政府は何に使うか明かさなかったが、こういう形で使われていたのだ。さすがに自民党は頭がいい。国家予算を使ったばら撒きだが、税金を使って自民党支持を取り付けたというしかない。


 総選挙ではマスコミの調査通り、与党がヘマさえしなければ勝利しそうだ。あとは国政選挙に関心が薄く、投票率が低い若者次第だろう。遠隔授業が続き大学に行けなかった大学生、遊びに行けなかった若者が投票に行くかどうかにかかっているようだ。かくして日本の政治は自民党の長期安定政権が続くことになるのだろう。保守を自認する人間にとっても、なんか刺激も興奮もない社会が続きそうだ。(常)