エクソソームを含む細胞外小胞(extracellular vesicles:EVs)研究は今、最もホットな分野であり、医療応用が期待されるフロンティア領域でもある。


 2021年10月18日・19日には、第8回日本細胞外小胞学会が開催された(大会長:秋吉一成 京都大学大学院工学研究科教授)。冒頭、落谷孝広理事長(東京医科大学医学総合研究所教授)は「世界の細胞外小胞研究に期待すること」をテーマに講演し、「知識だけでは十分ではない」と「応用」につなげる重要性を訴えて若い研究者を激励。生物、医学、工学、薬学、農学などあらゆる科学技術の専門家が領域を超え、力を合わせて取り組んでいく決意を述べた。


 一方、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は「エクソソームを含む細胞外小胞(EV)を利用した治療用製剤に関する専門部会」を設置し、2021年8月4日に第1回、10月4日に第2回会議を開催。EVsの医療応用が本格化する前に課題を抽出し、1年余りかけて報告書をとりまとめる予定だ。


 そこで、主にこれらの内容からエクソソーム研究の世界的な流れや今後の展望、医療応用に向けた課題を紹介する。



■過去十数年で研究が急速に進展

 

 細胞同士のコミュニケーション手段として、従来は、主にホルモンや神経伝達物質などの「リガンド」と「受容体」の相互作用に焦点が当たってきた。しかし近年、100nmレベルのナノ粒子に多くのメッセージがパッケージングされ、周囲あるいは遠方の特定の臓器や組織に多くの情報が届けられることがわかってきた。この粒子こそ、細胞外小胞、EVsである。


 EVsは、細胞が放出する多様な膜小胞の総称だ。主なEVsを形成機構別にみると、①細胞の飲作用や食作用によって細胞内に形成される後期エンドソームから分泌される「エクソソーム(exosomes)」、②細胞膜から直接出芽して細胞外に分泌される「マイクロベシクル(microvesicles)」、③アポトーシスを起こした細胞から分泌される「アポトーシス小体(apoptotic bodies)」などがある。


 EVs研究の起源は1950年代、藻類や哺乳類での分泌顆粒の発見にまでさかのぼる。エクソソームという言葉は1981年に初めて使われたが、1980年代は細胞内や細胞膜の余分なタンパク質を細胞外に捨てる「ゴミ袋」のように捉えられていた。やがて2000年前後にプロテオーム解析の技術が進歩し、エクソソームは、生きた細胞が能動的に分泌しているものであることが示された。


 さらに2007年、「エクソソームの再発見」がなされた。スウェーデンの臨床アレルギー専門医Jan Lötvall氏(イェーテボリ大学教授)らが、マウスとヒトのマスト細胞由来のエクソソーム中に約1,300種のメッセンジャーRNA(mRNA)と121種類のマイクロRNA(miRNA)が存在することを報告した。また、エクソソームが細胞間でやり取りされる際にmiRNAを用いた情報伝達が行われるという仮説を示したのである(Valadiら、Nat Cell Biol)。


 その後、2010年に、日本の国立がん研究センターなど、世界で5つのグループが、エクソソーム中のmiRNAが実際に受容側の細胞で機能することを、実験的に証明した(小坂ら、JBCほか)。



■世界の研究者が分野を超えて協働


 2005年にカナダで第1回エクソソームワークショップが開催された折り、参加者は二十数名だったというが、2011年の第2回には日本人を含む約200人が参加。同年、国際細胞外小胞学会(International Society for Extracellular Vesicles:ISEV)が設立された。以降、関連論文数の増加からみても、EVs研究は活況を呈している。さらに2014年には日本細胞外小胞学会(JSEV)も設立された。


 Lötvall氏はISEVの初代会長となり、2012年創刊の学会誌Journal of Extracellular Vesicles(JEV)の編集長も務めている。JEVのインパクトファクターは2020年に25.841、Cell Biology分野195誌中7位にまで上昇した。ちなみに1999年創刊のNature Cell Biologyは28.824であり、JEVの健闘ぶりがわかる。



 EVs研究は歴史が浅く、かつ、生物学・医学にとどまらぬ多分野協働が欠かせない。ISEVの活動からは、「エクソソーム研究に入ってくる(特に若手の)研究者にさまざまなリソースを提供する」「最新のスタンダードをポジションペーパーとして発信する」といった役割を明確に意識して実行していることがうかがえる。


 リソースの具体例は、エクソソームのABCを学べるオンライン教育「MOOC(Massive Open Online Course)、モック」、毎週開催の勉強会「Web EV Talk」、発表後半年以内の最新論文を読み込むジャーナルクラブ「EV Club」などである。


 ポジションペーパーのうち「Minimal Information for Studies of Extracellular Vesicles(MISEV)2018、ミーセブ2018」は、エクソソーム研究をするうえで外せないポイントが書かれており、必読という。これまでの研究の経緯で、研究者によって前述のexosomes、microvesicles、apoptotic bodiesの他、microparticles、ectosomes、oncosomesなどさまざまに呼ばれてきたが、MISEV2018で呼称を「extracellular vesicles」に統一することとした。また、大きさで分類する際の目安が示され、small EV(sEV<100nm)、middle EV(mEV<200nm)、large EV(L-EV>200nm)とされた。



■PMDAは治療用製剤にフォーカス


一方、PMDAの専門部会(部会長:高倉喜信・京都大学大学院薬学研究科教授)は、あくまで実践・実用化に向けた議論を行うというスタンスを明確に打ち出している。検討の目的として、「現状の学問的なレビューではなく、医薬品開発に役立つ留意事項をまとめること」と「開発者への情報提供・PMDAにおける審査に資すること」の2点を掲げているのだ。


医療応用のテーマとしては、①バイオマーカー、②DDS素材、③治療標的、④EV自体の治療効果を生かした製剤などが考えられるが、今回の部会は④を中心に取り上げていくことになった。


 

 EVsの働きについては、「分泌し提供する側」の細胞(secreting cell、source cell、mother cellなどと表現される)と、「受容し影響を受ける側」の細胞(同recipient cell、target cell)の両者があることを踏まえたうえで、部会で示された以下のようなEVs研究の背景を読むと参考になる。


 EVsは内部にさまざまなタンパク質(酵素、成長因子、サイトカイン等)、核酸(mRNA、miRNA、DNA等)、脂質、各種代謝物を含み、その一部は由来する細胞に特異的である。由来する細胞の細胞膜を反映した特徴(膜表面の免疫関連分子、接着分子等のタンパク質や糖鎖、膜構成脂質の組成等)により細胞への親和性が変化し、細胞や組織への結合特異性や指向性が生じると考えられている。


 EVsは細胞間のコミュニケーションを担い、免疫系・神経系等の生体機能、血管新生、細胞の増殖や分化、組織再生、がん細胞の微小環境など、疾患進行の制御に関与する可能性が示された。


 また、EVsはこうした組織の修復を担う。特に、再生医療への応用が期待される間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell、MSC)について、拡散などにより直接近隣の細胞に及ぼす「パラクライン効果」の一部がEVsに由来することがわかってきた。そのため、骨髄・脂肪・臍帯由来MSCが分泌するEVsが「次世代の治療ツール」として注目を集めることになった。



■市場拡大には課題克服が必須


 EVsの医療応用にはさまざま可能性が期待されているとはいえ、実用化と定着までには、安全性をはじめ多くの課題がある。


 米国ネブラスカ州では、「再生医療」を謳う自由診療で「幹細胞」と「エクソソーム」を投与された5例の患者が敗血症を発症。2020年7月、米国食品医薬品局(FDA)が「ヒトの疾患や症状の治療を目的とするエクソソーム製剤でFDAが承認したものは一切ない」と消費者向けの警告を発するに至った。詳細は不明だが、投与した製剤の不適切な取扱いによる汚染が原因と考えられている。


 EVs製剤の定義、規格、安全性、毒性試験などに関して、ISEVは2014年以降、年1回シンガポールに集結してワークショップを開催し、検討を重ねてきたという。MSCのクオリティコントロールについても2019年に議論し、国際細胞・遺伝子治療学会(International Society of Cell & Gene Society; ISCT)と共同宣言を発表。翌年早々、ISCTの学会誌Cytotherapyに掲載している。


 PMDAの専門部会も、「従前の技術との不連続性」をからくる課題を以下のように整理している。


【定義や基礎技術】EVsは、粒子径・形成機構・構成分子の違いによって他の小胞体とは区別されるものの、定義はいまだに明確ではなく、医薬品レベルでの分離・精製技術や特性解析の手法が十分に確立されていない。


【安全性や品質確保の方法】新規のモダリティとして、ウイルス汚染リスクなど安全上の懸念や、EVsの不均質性を踏まえた品質の確保、生産工程管理、非臨床段階での安全性の評価法について検討が必要。


【出発原料】医薬品の出発原料としての細胞バンク化や、バンクでの特性評価、製法管理、製剤品質等の評価を含めた整理が必要。


 さらに、EVsのうちエクソソームにはレトロトランスポゾン(自分自身をRNAに転写した後、逆転写酵素でDNAに複写する可動遺伝因子)が仕組まれており、エクソソームが運ぶ遺伝情報を相手の細胞の遺伝子に組み込む「水平伝達」が起こる可能性があるとされ、研究者が警鐘を鳴らしている。


 こうした未知の要素をいかに早く把握し判断するかが、専門部会の重要な役割となる。



 落谷氏の講演では、エクソソーム診断・治療の世界市場規模が2023年には1億8,620万ドル(約212億円)に拡大するとの予測を紹介した(Global Information, Inc.による)。


 PMDAでの検討は、治療用製剤に絞ってもなお、「規制の中で何をEVsとして捉えるか」「ウイルス・細菌・真菌など感染因子の混入による感染症伝搬」「EVs製剤による好ましくない免疫反応や、製品に混入する他成分による有害作用」「製品特性(多様性)や品質のばらつき」「体内分布(目的外の細胞・組織への分布を含む)」など、宿題が山積みだ。


 国内の議論においては、ISEVと強い連携関係があるJSEV等から最新の情報を得つつ、医療応用で後塵を拝することがないよう、先手の対応を期待したい。


【リンク】いずれも2021年10月25日アクセス

◎International Society for Extracellular Vesicles(ISEV、国際細胞外小胞学会)


◎医薬品医療機器総合機構(PMDA). “エクソソームを含む細胞外小胞(EV)を利用した治療用製剤に関する専門部会.”


◎FDA. “Consumer Alert on Regenerative Medicine Products Including Stem Cells and Exosomes.” 2020-07-22.→未承認の幹細胞治療に関する一般消費者向け啓発動画等へのリンクもあり



[2021年10月25日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師