多くの人は現在、新型コロナウイルスと隣り合わせながら、完全なる自粛でもフリーでもない生活を送っている。行動の主な判断材料は、メディアやSNS等に溢れる「医療情報」だ。しかし、医師や学者だからといってコメントの内容が正しいとは限らない。「誤情報」の原因は、単純な理解不足もあれば、専門や立場による見解の違いのこともある。その時点で妥当な見解であっても、状況の変化やエビデンスの蓄積によって評価が変わる場合もあるだろう。


 8月末に開催された日本RNAi研究会では、宮坂昌之氏(大阪大学免疫学フロンティア研究センター)が『新型コロナウイルスに対する免疫反応とmRNAワクチンの作用機構』をテーマに特別講演を行った。宮坂氏は『新型コロナワクチン本当の「真実」』を上梓したばかり。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とワクチンに関する情報は、玉石混交の「玉」はごくわずかで「石ころだらけ」の悲惨な状況、と断じる。


 講演の中から、今後の対策のために確認しておきたいポイントを再構成し、紹介する。


 

■「すれ違いざま感染」はない



 通常はウイルスが体の中に入ってきても、容易にウイルスを拾って感染することはない。生体には3重の砦があり、ヒトが生来持つ自然免疫機構と、生後に発達する獲得免疫機構が働くからだ。


「自然免疫」の最初の砦は「物理・化学的バリア」。次に、食細胞を中心とする白血球が待ち受け、ウイルスを貪食し、Ⅰ型インターフェロン(IFN)をつくる。I型IFNは周囲の細胞や自身に抗ウイルス活性を付与する。IFNの働きを受けた細胞はウイルス抵抗性となり、ウイルスの増殖が止まる。


 ウイルスが非常にたくさん侵入してきて自然免疫だけでは対処できないときは、自然免疫の産物によって「獲得免疫」が活性化される。

 


 自然免疫が強い人は、それだけでもウイルスを排除できる。獲得免疫まで働く場合、メディアは「抗体が大事」と抗体のことばかり取り上げるが、先天的にB細胞を欠損する人や、B細胞は存在するが中和抗体をつくれない人でも快復する。なぜなら、他の細胞がB細胞の働きを補完するからだ。


 自然免疫と獲得免疫の総体が「免疫力」あるいはウイルスに対する「抵抗力」といえる。

 


■Ⅰ型IFN産生能が経過を左右

 


 生体防御の仕組みがあるとはいえ、SARS-CoV-2が体内に侵入するとどんどん増殖してしまう理由のひとつは、このウイルスがⅠ型IFNをうまく働かせない仕組みがあり〔※1〕、IFNが十分につくられないことだ。


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の脅威は、しばしばインフルエンザと比較されるが、その答えは年代や基礎疾患の有無によって全く異なる。(ワクチン接種率による効果を考慮しない場合)重症化率や死亡率は、年齢とともに上がっていく。30代と比較すると、40代の重症化率〔※2〕は4倍だが、50代は10倍、60代は25倍、70代は47倍、80~90代は70倍を超える。この差異には、50代を過ぎるとⅠ型IFNをつくる能力が半減することが大きく関わっている。


 慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病、糖尿病等の基礎疾患がある場合は、弱い炎症が持続的に起きている。そこにSARS-CoV-2が入ってくるとⅠ型IFNがうまくつくられず、重症化につながりやすい。ただし、基礎疾患があっても、しっかりと治療を受けていれば、重症化率は必ずしも上がらない。



※1 IFN産生抑制:SARS-CoV-2が細胞内で増えることで産生された蛋白が、IFN産生に必要な分子の産生ひいては自然免疫を抑えることがわかってきている。


※2 重症化率:COVID-19と診断された症例(無症状を含む)のうち、集中治療室での治療や人工呼吸等による治療を行うか、または死亡した症例の割合。

 


■変異株で感染が拡大するワケ



 SARS-CoV-2が増殖してしまう、もうひとつの理由は感染効率の良さだ。


 1つのSARS-CoV-2粒子の外側には約100本のスパイク(S)蛋白があり、中にはウイルス遺伝子RNAが詰まっている。一方、ヒトの細胞表面にはACE2受容体が、1細胞当たり約10万個ある。個人差はあるが、受容体は肺や口腔・鼻腔粘膜の上皮細胞、血管内皮細胞、脂肪細胞などにも存在するが、通常はウイルスが気道から入ってくるために、肺炎など呼吸器症状が主症状となる。


 SARS-CoV-2のS蛋白がACE2受容体と結合すると、SARS-CoV-2はわずか10分で細胞に侵入する。10時間には1つのウイルス粒子から10時間には1000個の粒子がつくられ、細胞外に放出される。SARS-CoV-2は感染効率が非常に良いため、周囲の細胞、最大1000個が感染し、10時間後には1000×1000で100万個と加速度的に増殖する。デルタ株の場合はこの1.5倍と言われているので、同じ時間でさらに多量のウイルスが生じる。これが、変異株による急速な感染拡大に関わっている。


ウイルスは細菌やカビと異なり、単独では、空気中・机上・手の上などでどんどん増殖することはない。ウイルスが増殖するためにはヒトの細胞内に入り込む必要がある。主な感染経路は飛沫感染であり、接触感染はマイナーと考えられるようになった。SARS-CoV-2の大きさは約0.1μm(0.0001mm)。マスクの繊維は約5μmだが、ウイルスは必ず飛沫に乗って漂うため、マスクにも一定の遮蔽効果がある。


 

■リンパ節に効率よく移行するmRNAワクチン

 


 COVID-19のパンデミックにあたって広く使われるようになったmRNAワクチンは、従来のワクチンと全く異なる強い免疫反応を引き起こす。その理由は複数の工夫によるものだが、免疫学的に見ていちばん大きいのは脂質ナノ粒子(LNP)を用いて投与することである。



具体的には、


①脂質成分はリンパ管に入りやすいことから、LNPに包まれたmRNAは筋肉注射された後、ほぼ全てが所属リンパ節(流入領域リンパ節)に選択的にデリバリーされる。


②所属リンパ節では、脂質を含むワクチン成分が免疫細胞の開始に必要な樹状細胞に取り込まれ、リンパ節内でT細胞とB細胞の活性化が効率的に起きる。


③所属リンパ節では、抗体産生に必須の胚中心が形成され、さらにメモリーT細胞もできる。


④メモリー細胞は末梢組織に移動・定着し、局所免疫を強化して感染予防に働く。ウイルスの侵入あるいは二度目のワクチン接種の際には、ウイルス特異的なT細胞・B細胞を多数つくり、全身的なウイルス排除に働く。



 


■変異株にもワクチンは有効

 


よくある誤解は、「変異株ができるとS蛋白が変わる→抗体が結合できなくなる→ワクチンが効かなくなる」という説明である。


免疫反応を起こすとき、生体側はウイルス表面にあるいくつかの「目印」を認識している。S蛋白上にも目印があり、それに対する抗体ができれば感染を止められる。S蛋白とACE2受容体の会合に関わる場所に変異が生じると受容体結合領域(RBD)の形が変わり、ACE2との結合が強まることも、感染性の増強につながっていると考えられる。


とはいえ、悲観ばかりする必要はない。Sタンパクは約1,200アミノ酸から成り、免疫反応の目印もおそらく数十から数百ある。一部に変異が生じて抗体が結合できなくなっても他の目印が残っているので、若干効果が下がるかもしれないが、ウイルスを排除できる可能性が高い。また、T細胞はこうした決定基を目印として認識する。ワクチンはT細胞も活性化して変異株にも一定の効果を示すはずだ。



 


■PCR検査は問題点を理解したうえで活用

 


 COVID-19の診断にあたっては、ウイルスRNAを抽出し、DNAに変換し、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で増幅した産物でウイルスの存在を調べている。PCR検査の特異度(真陰性率)は、きちんとしたプライマーを使えば99.9%まで高まる。感度(真陽性率)は特異度と比べると低く、疾患の全過程で(感染者が)PCR陽性になるのは7割くらいである。


ただし、重要なポイントは、感染初期にはPCR陽性検体の9割から感染性ウイルスが検出され、この人たちの95%で抗体産生が見られる。したがって、「初期のPCR陽性者の多くは間違いなく感染者」と言ってよい。


 PCR検査は遺伝子の存在を見ているのであって、感染性とは一致しない。COVID-19は感染後の潜伏期間が3~5日あり、発症前から人に感染させる。殆どの2次感染は発症5日頃までに起こり、7日以降は感染力がほぼなくなる。発症前のPCR陽性率は非常に低い。一方、隔離解除になる10日後に、臨床症状や感染性がなくなってもPCR陽性になることがあり、患者を退院させられない。


 日本では「PCR検査も抗原検査も体制が十分でない」「希望時になかなか検査が受けられない」と言われる。では、「どこでも、いつでも検査が受けられる」ようにすればよいのかと言えば、そう単純でもない。仮に、大阪府の人口900万人全員にⅠ回だけPCR検査を行うとする。真の感染率が1%、つまり感染者9万人と仮定する〔※3〕。感度70%だと、63,000人を陽性として検出する。しかし、27,000人は偽陰性となり、安心して外出して感染を拡大させてしまうかもしれない。また、特異度99.9%でも非感染者891万人の0.1%に当たる8,910人は偽陽性となり、隔離・人権侵害の恐れがある。


 

※3 感染率1%は計算を簡便に示すための仮定で、厚労省が2020年6月以降、東京都・大阪府・宮城県で実施中の抗体保有調査(対象:各回、各都県の一般住民約3,000人)では、最高値でも東京都の1.13%、大阪府は0.69%(いずれも2021年3月)であり、実際はもっと低いと考えられる。

 


■「コロナコメンテーター」の問題



 宮坂氏は、この1年半余りに登場したコロナコメンテーターにも厳しい見解を持つ。例えば、「新型コロナウイルスは存在しない」「検査でウイルス感染は証明できない」「遺伝子ワクチンはワクチンではない」「日本人の大半はコロナに曝露済みで集団免疫は目の前」「全員マスクすれば満席でも問題ない」などのコメントが、医師やウイルス学者からメディアやSNSで発信され混乱をもたらした、として講演でも書籍でも実例を挙げて批判している。


また同氏は、これまでの感染者数や厚労省の抗体保有調査から、日本人のSARS-CoV-2曝露率は100人に1人、多く見積もっても数人程度の割合であり、感染による集団免疫獲得は形成されないだろうとしている。


当面は、「自分の免疫力を超えるウイルス量への曝露を避ける」という意味での3密回避やマスク着用・手指衛生等の公衆衛生的手段、mRNAワクチンによる発症・重症化予防、抗体カクテル療法等による先手の治療などのツールを合理的に駆使して、全体として感染の波をなるべく低くする、という基本を続けるしかなさそうだ。



【リンク】いずれも2021年9月12日アクセス


◎講談社BOOK倶楽部. 宮坂昌之著. 新型コロナワクチン本当の「真実」(講談社現代新書).


◎COVID-19 Immunology 101 for Non-immunologists by Akiko Iwasaki, Ph.D.

→免疫学のエース岩崎明子氏(米イェール大学)が自然免疫と獲得免疫、集団免疫の仕組みを動画で解説。宮坂氏の解説と共通の内容を確認できる



[2021年9月12日現在の情報に基づき作成]

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。