9月以来、北朝鮮のミサイル発射が続いている。それもトンネルから出てきた貨車からミサイルを発射したり、潜水艦からの発射と見られるSLBMだったり、さらに極超音速ミサイルだったりし、その軍事技術には目を見張るものがある。しかも、潜水艦からの発射もそうだが、トンネルから出てきた貨車の天蓋が開いてミサイルがセットアップされて発射する映像など、めったに見ることがないだけに見る者を感心、いや、驚かせる効果があり、格好の宣伝になっている。
貨車からのミサイル発射技術はロシアが持っているそうだが、素人には発射した後の貨車はどうなっているのかの映像も欲しかった。ミサイルの燃料が液体燃料なのか、それとも固体燃料なのか知らないが、高温の排気熱で貨車は使い物にならなくなるのではないか、線路も曲がってしまわないのか、鉄道マニアならずとも気にかかる。
極超音速ミサイルは下降途中で軌道を変え、巡航ミサイルのように低空を飛ぶのだそうだ。朧な記憶では2年ほど前、ロシアが開発し、当時、プーチン大統領が「どんな迎撃ミサイルでも撃ち落とせない」と豪語していた。続いて中国も今年8月に実験し成功していたと報じられている。もちろん、対抗するアメリカも実験に成功したと発表している。実に厄介なミサイルを開発するものだと思うが、その技術には驚かざるを得ない。
実は、かれこれ12~13年前、旧知のTさんからパリ航空ショーの話を聞いたことがある。Tさんは航空自衛隊のパイロットだったが、大手航空会社にスカウトされ、民間旅客機のパイロットを務めていたが、がんを患い、手術後に退職。航空機のコンサルタントをしていた。週刊誌の記者をしていた筆者に航空機の技術や航空行政の問題点などを教えてくれた貴重な人だった。
例えば、日本の操縦免許試験では、最後にアメリカで試験官同乗のテスト飛行を行うが、運輸省の試験官はゴルフバッグを持参して渡米し、テスト飛行を早く終え、ゴルフ場に行くことばかり考えている。
ICAO(国際民間航空機関)は旅客料金だけでなく、技術問題も討議して決定を出している。多くの国は航空事情に精通した専門家が代表として出席しているが、本部が国連のなかにあるため、日本の代表者は航空行政も飛行技術も知らない外務省職員が出席し、ICAOが配布する文書を受け取り、国土交通省に渡すだけになっている。そのうえ、文書を受け取った国交省も英語が苦手なため、日本航空に「翻訳して教えてくれ」と渡しているのが実情だというのだ。
さらにTさんは欧米のテストパイロットとの交流が多く、彼らから新機種の具合を聞いている。例えば、今は燃費の問題から製造が終わったが、エアバス社が開発した「エアバス380」は主翼の面積が広いため離陸するときの揚力が大きく、ふぁっと浮き上がり、着陸ではゆっくり舞い降り、まるで小型機のようで素晴らしい飛行機だが、問題は後方気流が強いことだという。通常は後方乱気流を避けるため後続機は3分間隔で離着陸するが、エアバス380の後続機は乱気流に巻き込まれないようにするため3分を超える必要があるとテストパイロットが話していること。
あるいは、エアバス380の製造許可を得るテストには欧州航空安全局だけでなく、アメリカのNSA(航空安全局)も立ち会う。テストのなかには主翼に過酷な荷重を掛けて3秒間耐える終局荷重テストを行うが、このテストが終了したとたん、主翼に亀裂が走った、という事態が起こった。エアバス社は「さまざまな過重テストをいくつも行なったうえの終局耐久テストだから問題はない」と主張し、NSAも「お互いさまだから」とテスト合格にしたという。この主翼に亀裂が走った話はシンガポールの英字紙『ストレートニュース』だけが記事にしている、といった話をしてくれた人だ。
ちなみに、当時、この主翼に亀裂が走った話をエアバス・ジャパンのグレン・フクシマ社長に取材した。彼はかつて日米貿易摩擦のとき、日本側を苦しめたアメリカの通商代表だ。フクシマ氏は「あぁ、主翼の亀裂の話ね。亀裂はテストが終わった後で、安全性に問題はない」と語っていた。
このTさんから「今年のパリ航空ショーでは凄いのを見た。ロシアの戦闘機が突然、ホバリングする」という電話が来た。なんでもマッハ2.5とか3で飛ぶジェット戦闘機が上を向いたままホバリングするというのである。パリ航空ショーの記事を探しても、そんな話はどこにも載っていない。まさか、と疑う私にTさんはビデオ映像を送信してくれた。早速、映像を見ると、確かに地上100メートル近くまで降下したジェット戦闘機が垂直に急上昇したとたん、その姿勢のままホバリングしているのだ。数分後、ジェット機は何事もなかったかのように勢いよく上昇していく。
驚いて、どうしてホバリングできるのだろう、とTさんに聞くと、「コンピュータ制御ですよ。重力と同じジェット推進力をコンピュータで計算して制御しているんです。ロシアの軍事コンピュータ技術はアメリカを凌ぐ技術を持っている」という。確かに映像では後部についているエンジンをよく見ると、排出口が微妙に左右に震えている。コンピュータ制御で落ちないように重力と同じ推進力を維持しているということらしい。
西側にも垂直離着陸戦闘機にハリアーなどがあるが、エンジン排気口を下向きに変えて離着陸する方式だったと思う。ロシアのホバリング戦闘機のことは欧米でもあまり話題にならなかったことを見ると、アメリカもNATO(北大西洋機構)も軍事的にはあまり意味がない、という判断だったらしい。
だが、このコンピュータ制御技術には驚かざるを得ない。ロシアのコンピュータ技術は、全体的にはアメリカや日本、西ヨーロッパ諸国の技術より劣る。が、こと軍事上の優位を得るためには必要な技術に巨額の費用を投下して重点的に研究させている。ジェット戦闘機をホバリングさせる制御技術がそのひとつなのだろう。
極超音速ミサイルは変速軌道なのだそうだが、その技術はジェット戦闘機をホバリングさせるコンピュータ制御技術からさらに発展させた技術なのが見て取れる。コンピュータ技術世界一のアメリカなら即座に同様の極超音速変速軌道ミサイルを完成させるのは容易だろう。しかし、北朝鮮に相応するコンピュータ制御技術があるとは思えない。想像するに、ロシアが開発した極超音速変速軌道ミサイルを北朝鮮に供与し、北朝鮮が発射したのではなかろうか。
テレビに登場した自衛隊の元幕僚は「北朝鮮がミサイルを追跡するレーダーを持っているかどうかも疑わしい」と言い、司会者ともども笑っていたが、レーダーで追跡なしにミサイル発射実験などするわけがない。花火とは違うのだ。実体は、ロシアが開発した極超音速変速軌道ミサイルを北朝鮮に供与し、実験させていたのではなかろうか。ロシアが実験すれば、アメリカも西ヨーロッパも警戒するが、北朝鮮なら世界が騒ぐだけで済む。北朝鮮の軍事技術の後ろにはロシアがいるのではないか、という気がする。
ところで、北朝鮮が極超音速変速軌道の中距離ミサイルを配備するようになると、安倍晋三元首相が導入を決めたイージスアショアはどうなるのだろう。防衛大臣を務めた自民党防衛部会の国会議員は「海上自衛隊のイージス艦のレーダーが発射直後のミサイルを監視し、陸上自衛隊の迎撃ミサイル、パック3が落下する敵ミサイルをレーダーで捉える。その中間を補うのが陸上イージスアショアで、3つのレーダーで飛んでくる敵ミサイルを捕捉して迎撃する。3つ揃わないと飛んでくるミサイルを正確に捕捉できないからイージスアショアは必要だ」と力説していた。
もっとも、その後、河野太郎防衛相(当時)が導入断念を発表したため、陸上設置はやめ、次には大型イージス艦を建設して船にアショアを設置する海上アショア案が出たりして予算はますます膨らみそうになっている。幸か不幸か、新型コロナ感染騒ぎでイージスアショア導入話は途絶えているが、イージスアショアの売り物はレーダーである。
安倍元首相が選んだのはロッキード・マーチン社製のレーダー「SPY7」だ。が、このSPY7は目下、開発中で、完成予定は10年先である。米軍が導入したイージスアショアは、最先端のレイセオン社製のレーダー「SPY6」である。軍事評論家によれば、SPY6とSPY7との間で性能的にはそれほど差がないそうだが、10年後に完成するSPY7を導入することに意味があるのだろうか。10年先には北朝鮮はさらに進んだミサイルを開発してしまうだろう。10年後にはあまり役に立ちそうもないイージスアショアを導入するほどバカげたことはない。
付け加えれば、SPY7はレーダーの性能を損なわずコンパクトにできるのが売り物だが、安倍元首相が導入するとしたのは大型のレーダーで、費用も高くつく。だいいち、レーダーに捕捉できないように低空を飛ぶ極超音速変速軌道ミサイルが登場する以上、イージスアショア導入は意味がなくなりそうだ。やはり、イージスアショア導入は防衛省が国防上必要と判断したものではなく、安倍元首相がトランプ大統領(当時)のご機嫌を取るために購入を決めたものに過ぎない。
安倍元首相はイージスアショア購入とともにステルス戦闘機F35を陸自向けA型と海自向け垂直離着陸可能なB型を合わせて147機購入することも決めた。自衛隊の戦闘機をF35に統一する計画だ。F35購入に異論はないが、航空自衛隊の全戦闘機をF35にしてしまう計画だ。
だが、自衛隊と民間企業で純国産のステルス戦闘機のモデル機を開発。実験も終了している。軍事とはいえ、日本の技術を維持、発展させるためだ。ところが、安倍元首相は、国産のステレス戦闘機を一顧だにせず、アメリカからF35だけを購入することにしてしまった。一個中隊12機くらいだけでも国産ステレス戦闘機にすれば、国産の航空機技術は続く。だが、安倍元首相の勝手な買い物によって、国産戦闘機開発の技術は終焉することになりそうだ。(常)