ガソリン価格が急上昇している。秋口までは1リッター、140円台だったのが、今では160円台後半である。クリスマスのころには180円台、いや、200円近くになっているかもしれない。自民党の総裁選後、新総裁になった岸田首相が「サウジアラビアに増産をお願いする」と語った。期待できるのだろうか、と思っていたら、官房長官だったと思うが、「サウジ側は増産するかどうか明らかにしなかった」と語った。そりゃそうだろう、OPECにロシアが加わった石油輸出国が増産するかどうかを検討する会議が開かれる直前だったから、日本に対して増産するなどというわけはない。それでも淡い期待を抱いた。
だが、石油輸出国会議では増産は見送りになった。折しも、イギリスでCOP26が開かれ、地球温暖化の原因である石炭に頼らず、回復可能な自然エネルギーにすべきだ、と討議するのである。石油産出国は石油が最大の輸出品だ。それを否定するような自然エネルギーに替えることを目指す会議であり、そのメンバーの要望に沿って石油の増産などするわけはないだろう。
ところが、その石油国会議の後、サウジアラビアの石油相は記者からの質問に「日本から増産を要望する電話を受けていない。電話をしたというのなら、別の人に電話したのだろう」と答えたのだ。これって一体、どういうことなのだろう。嘘をつく必要はないだろうから、ひょっとすると、外務省、あるいは経済産業省からサウジの石油相ではなく、サウジの外務省かなにかに電話をしてみた、という程度のことなのだろう。日本の国力というか、外交はこんなものなのだろうな、と納得するしかない。
話を元に戻して、石油高騰の原因は何だろうか。エコノミストや経済評論家など、専門家が説明している。第一番に挙げているのは新型コロナワクチンの接種が進み、経済が回復してきたことだという。確かに最大の理由だろう。
昨年11月、バイデン氏と当時の大統領のトランプ氏が争っていた米大統領選挙最中のニューヨークの原油相場は1バレル40ドル程度だった。たまに40ドルを切ることがあり、すると大騒ぎになっていた。だが、バイデン氏が大統領に選出され、ワクチン接種が進むにつれ、原油相場はどんどん上がった。経済活動が回復に向かったということだろう。長期金利の指標とされる10年もの米国債金利も「実質ゼロ金利」といえる0.5%から倍の1.5%に上昇したし、それに合わせて、原油相場も倍の80ドルまで上昇した。ニューヨークの原油相場は、ロッテルダムや中東・ドバイ、シンガポール、東京の石油相場の指標になっているから、ニューヨークが上がれば、世界中の石油相場が上がる。
加えて、原油価格上昇の原因にカリフォルニア沖の原油採掘基地から伸びるパイプラインから原油が漏れたことが加えられている。この事故は原油相場が上がっている最中だったから、相場上昇に拍車をかけたと言っていいだろう。
専門家が挙げた、もうひとつの原因に、アメリカで新型コロナ禍での石油生産が縮小してしまったこと、カリブ海をハリケーンが襲ったため、メキシコ湾の石油生産がストップしてしまったことを上げ、回復には時間がかかる、と指摘していた。さらに世界中で、とくにアメリカで海上輸送が滞っていることや石油産出国が増産してくれないことも石油価格高騰の理由にあげている。
だが、エコノミストたちが取り上げない、もうひとつの理由がある。地球温暖化対策としてヨーロッパ諸国を中心に石炭火力発電の廃止を求めている。COP26の議長国であるイギリスのボリス・ジョンソン首相は日本に石炭火力発電の廃止に向けた動きを強く求めていた。COP26では日本は市民団体から今年も「化石賞」を貰っている。環境保護団体や市民団体、北欧を中心にヨーロッパ先進国が求めているのは、風力発電や太陽光発電である。日本は風力、太陽光などの自然エネルギーの活用が少ないというわけだ。確かに彼らの批判は事実だ。
だが、この自然エネルギーへの転換が石油の高騰の端緒になっているのだ。ヨーロッパではイギリス北部やオランダ、ベルギー、ドイツ、北欧には1年間を通して安定した偏西風が吹く。10メートル前後、と記憶しているが、安定した風速が風力発電に向いているのである。
実は、かつて風力発電の話を取材したことがある。北海道東部の町で風力発電が失敗し、推進した町長が町長選で反対派に敗れるということが起こったのが取材の理由だった。日本で風力発電に向く安定した偏西風が吹くのは青森県の北西部から津軽海峡を超えて北海道南西部である。風力発電というのは自然状況に大きく影響され、厄介なところがある。例えば「台風銀座」などと呼ばれる沖縄では風力発電の風車をつくったが、台風が通り過ぎた朝、風車を身に行ったら、風車の羽がなかった。探したら、近くの森林に羽根が落ちていた、という話もある。
台風が襲来するところでは設置に向かない。台風ほどでなくとも、強風が吹くときには、羽根の回転を止め、強風が収まるのを待つのだそうだ。その上、一旦、回転を止めた後、再び風車を回すのには電気が必要だというのだ。驚いて理由を聞くと、一度、止めた風車を回すためには電気でモーターを回し、その力で風車を回すことが必要になる、と説明してくれた。
それだけではない。海に囲まれた日本では日中と夜間で風の向きが変わる。陸地は暖まりやすく、冷めやすい。朝から日中にかけては陸地が早く暖まるため、風は海から陸地に向かって吹き、夕方以降は陸地の温度が早く下がるため、風は陸地から海に向かって吹く。その風向きの変わり目を「凪」と呼ぶ無風状態になる。当然、風車は止まってしまうのだ。結果、風力発電には1年中、安定した風力が必要になり、島国の日本では適地が極めて少ないのである。
だが、北海道の南東部の町なら風力発電に向いているはずだ。ところが、新町長に聞いてみると、計画がずさんで無理だった、というのだ。まず風力発電の風車を設置するためには、適地がどうかを確認するために調査会社に依頼して1年間に亘り風力、風速を調査し、その結果、10メートル前後の風が年間を通して安定的に吹いているという結果を受け、ヨーロッパのメーカーから風車を購入して風力発電を始めた。ところが、実際には、発電量が極めて少なかったという。調査してもらうと、原因は「マイルとメートルの取り違えだった」というのだ。
なんでも調査会社の調べでは風速をマイルで報告していたが、建設会社ではメートル表示と思いこみ、計算していた、と説明する。その上、実際の風速は13メートル以上の風が吹き、風力発電には不向きだったことがわかったというのである。海上の風力発電はどうなのか知らないが、陸上ではかなり難しいそうだ。その後、筑波大学が、縁日で売っているような、ごく小型の風車をいくつも並べる実験をしていたが、そういうものしか方法がないかもしれない。
しかし、イギリス北部やドイツなどでは1年中、安定した偏西風が吹き、風力発電が盛んである。ところが、この自然エネルギーの活用が原油価格高騰の端緒になった。なんとも妙な話だが、実情はこんな内容である。
まず、10月初めからヨーロッパで天然ガス価格が急騰した。理由は、ドイツでは毎年、冬季の暖房用に天然ガスをタンクに満杯にする。ところが、今年はその天然ガスが50%しかない、ということから急遽、天然ガスの大量購入が始まった。このとき、ヨーロッパのメディアは「アジアの国が天然ガスを大量に買ったため、価格が上昇した」と伝えた。アジアの国とは中国だ。世界で最も多くの天然ガスを購入するのは日本だが、日本は液化して輸入するため、7割以上を長期契約で購入し、問題は少ない。だが、中国は例年、日本の3分の1程度の輸入量だったが、習近平国家主席が「石炭火力発電を減らす」と宣言し、石炭の使用をストップさせたため、天然ガスの使用量が急増。日本と並ぶ量を爆買いしたことで天然ガス価格が急騰している。
だが、そればかりではない。中国の爆買いが原因なら、ヨーロッパは急に天然ガスを買う必要はないはずだ。真の原因は、今まで安定して吹いていた偏西風の流れが変わってしまったことにある。今年の夏から秋にかけて、ドイツ北部に吹くはずの偏西風の流れが南に曲がってしまった。ドイツ南部には風車がなく、結果、電力不足に陥らないように、急遽、天然ガスによる火力発電を増やした。そのため、冬季の暖房用に備蓄した天然ガスが減少。暖房用の天然ガスの購入が必要になり、中国の爆買いと相俟って天然ガス価格が急騰した。
通常、天然ガスの国際相場は原油価格と連動する。原油価格を基軸にして、原油がいくらだからガス価格はいくら、という風になっている。ところが、中国とヨーロッパの爆買いで、天然ガス価格が独歩高で急騰、原油価格と大幅な乖離を起こしてしまった。その結果、原油価格が天然ガス価格に合わせる形で急騰したのである。
ヨーロッパ北部に流れる偏西風の風向きさえ変わらなかったら、原油価格は、ガソリン価格は、さほど値上がりしなかっただろう。皮肉なことに、自然エネルギーの活用を謳うエコが原油と天然ガス価格を急騰させてしまった。こういうのを仏教用語で因果応報というのだろう。それにしても地球温暖化対策は「風任せ」、いや、面倒なものである。(常)