日本ではこのところ、新型コロナウイルスの感染者が1日当たり200人を下回り、死者も1桁台が続いている。新たな変異株「オミクロン株」の登場により、外国人の新規入国を停止するなど、まだまだ楽観できない情勢ではあるが、日常生活は平時に戻りつつある。


 ただ、少し前には、救急要請を医療機関が断ったり、コロナに感染した妊婦が自宅で早産した際に新生児が死亡するなどした“医療崩壊”が起きたのもまた事実だ。


『医療崩壊 真犯人は誰だ』は、病床数世界一の日本が、感染拡大(とはいえ世界的には少ないレベル)のたびに医療逼迫を繰り返す背景を探り、医療提供体制の改革を迫る一冊である。データや諸外国の事例と比較して、検証していく。


 医療崩壊の“容疑者”は7人。①少ない医療スタッフ、②多すぎる民間病院、③小規模の病院、④フル稼働できない大病院、⑤病院間の不連携、⑥「地域医療構想」の呪縛、⑦政府のガバナンス不足、だ。


 どれもコロナ前から、日本の医療の課題とされてきたものだが、著者に〈主犯級〉と指摘されているのが、③小規模の病院、④フル稼働できない大病院、⑤病院間の不連携、⑦政府のガバナンス不足である。


 日本では、先進諸国のなかで小規模の病院が際立って多いが、なぜコロナ禍で医療がひっ迫するのか?


 中小病院には、回復期や慢性期の患者を多く受け入れ、病床を埋めて収益をあげるビジネスモデルのところが多い。感染に波がある新型コロナの患者を受け入れると、感染者が減る時期には病床が空いてしまう。コロナ患者を受け入れた際の診療報酬の引き上げや、病床確保料などの金銭的手当ても行われたが、〈収益面から考えて、なかなかコロナ患者を受け入れられない判断となる場合が多い〉のである。


 400床以上の大病院はその機能を発揮できたか?といえば、それも怪しい。実はエクモや人工呼吸器を使うような重傷者を受け入れた大病院は第5派のピーク時で154病院、全体の22.7%に過ぎなかった。また20人以上の入院患者を受け入れた大病院はわずか1割程度だった。


 著者はその〈原因の一つとして、医療スタッフや設備などの医療資源が、大病院においてすらも十分に集約化されていないこと〉を挙げる。ドイツのように行政の指示で専門医などの人材を中小病院から大病院に集約したり、大病院のコロナ以外の患者を中小病院に引き受けさせることも、一部を除いて行われなかったという。


■1つずつ電話で転院先探し


 何年も前から「地域医療連携」が言われているにもかかわらず、多くの地域で病院間の連携がうまくいっていないことがコロナ禍で露呈した。


 とくに難しいのが、大病院の重傷者が軽快した場合に、中小病院に転院させる「下り」の連携だとか。転院は〈一部の都道府県や基礎自治体(注:市町村や特別区など)を除き、下りは病院同士が直接、やり取りしている〉。


 飲食店の空席やホテルの空室ですら、インターネットで調べられる時代にもかかわらず、〈一般的に、1つずつ電話で連絡して空き病床を探さなければなりません〉というのが実態なのだ。医療機関と保健所がファックスでやり取りしていることが、“時代錯誤”として話題になったが、医療の世界では、まだまだ多くのアナログでの情報伝達が存在しているのである。


 コロナ禍が始まって以降の“ドタバタ劇”を見ていれば、国民の誰もが実感しているのが、政府のガバナンス不足だろう。〈国と地方の役割分担が曖昧となり、しばしばお互いに仕事や責任を押し付けあって、コロナ対策が滞る〉場面は何度も見られた。


 国か都道府県かといった保健所の帰属問題、都道府県別の分割統治や連携不足……、ガバナンスの論点は多々あるが、苦境をうまく乗り越えたのは、リーダーシップのあるリーダーがいたり、日頃から連携・コミュニケーションが取れていた自治体や地域である。本書には東京都墨田区や同杉並区、長野県松本医療圏のケースが紹介されている。


 優れたケースを参考にしていくことは非常に有用である。ただ、今回あらわになった日本の医療提供体制の不備を改革・修正していくことはそれ以上に重要だ。


 例えば、病床減少をめざした「地域医療構想」。本格化する前にコロナ禍が襲来したことで、先行削減の対象とされていた公立・公的病院がコロナ患者の中心を担い、〈微罪〉にとどまった。〈急性期病床の再編や大病院への医療資源重点化の方針を改めて明確化〉するなど、メリハリをつけた計画への見直しが不可欠である。


 コロナ患者対応への診療報酬の引き上げや病床確保に対する補助金といったインセンティブについても、効果の検証や有効な“金の出し方”の検討が必要だろう。


 実は、2009年の新型インフルエンザの流行で、政府や都道府県は行動計画を定めていた。しかし今回、それがうまく機能しなかったのが混乱の一因となった。〈平常時の計画と訓練〉が十分ではなかったのだ。


 海外では再び感染者の増加が始まっている。第6波の襲来も非現実的な想定ではない。「病治りて医師忘る」とならないようにしたいものである(鎌)


<書籍データ>

医療崩壊 真犯人は誰だ

鈴木亘著(講談社現代新書946円)