『わくわく実証実験 医療×移動の未来を体験しよう!』というお知らせを偶然見つけた。場所は、神奈川県藤沢市にある、かの湘南ヘルスイノベーションパーク(湘南アイパーク)だ。内容は、「自宅から病院への移動の将来像として、自動走行車両に乗車し、車内で脈拍の計測や病院とつないだデジタル問診を体験」「湘南アイパーク紹介ムービー視聴、敷地内緑地散策他」とある。


 企画の背景には、神奈川県・藤沢市・鎌倉市・湘南アイパーク・湘南鎌倉総合病院の5者が、2019年5月に、同地区へのヘルスイノベーション最先端拠点形成を目指して結んだ覚書があるという。湘南鎌倉総合病院には、実家の家族が外来・入院を含め何度もお世話になった。片や、湘南アイパークは「湘鎌」に隣接しているものの、遠目に眺めるだけで、中がどうなっているのか興味津々だった。


 内容と場所の両方に惹かれ、参加してみることにした。


■ヘルスケアMaaSの一端に触れる

 申し込むと早速、運営事務局から重要事項説明書と同意書がメール添付で送られてきた。説明書によると、実証実験の目的は「受診前のシームレスな移動や、病院との連携に関するシステム・サービスであるヘルスケアMaaSについて、そのニーズや課題を検証する」こと。また、当日の流れ、対象者に生じる負担や予測されるリスク(自動走行車両走行中の揺れ、急停止)、個人情報の扱い、情報公開、利益相反など9項目の記載があった。参加は無料だが、これを読んだうえでの同意書と、COVID-19ワクチン接種証明(原本か写真)または陰性証明(3日以内のPCR/抗原検査結果)を提出し、いよいよ参加の運びとなる。


 受診までの移動を想定した流れと、事後に調べた関連情報を以下に示す。



【発熱の有無による振り分け】最近ジムや商業施設でよく見るタブレット型のサーマルカメラで検温。発熱がなければ乗合の自動走行車で、発熱があれば個別の乗り物で病院に移動する。その際、各人の振り分け先に合わせて動く矢印等が床面に投影され、移動を促す。さらに移動先の建物内での行先(例えば受診する診療科)もタブレットに表示される図上で選んでおく。自動走行車に乗るにはSuica等と同様、FeliCaカードとリーダーを使う。


 非接触式ICの利用に加え、コロナ禍で入口での検温が日常化した今、この部分だけ見れば現状と大きな差はない。


【移動中の実施を想定したバイタル測定と問診】乗車前にタブレットに自分の顔をかざし、非接触でバイタルデータ(心拍数、血中酸素レベル、呼吸数、心拍変動、精神的ストレスレベル、体温)を計測。さらに自動走行車内でスマホの画面に示された選択式の疑似問診に回答した。完成形では、バイタル測定と問診ともに車内で行う想定という。


 バイタル測定は、イスラエルのBinah.ai(ビナー社)が開発した製品で、測定対象者の顔(頬の上部)のビデオデータを用いるプレチスモグラフィ(plethysmography)、つまり、臓器や全身の容量の変化(通常は、臓器つの血液や空気量の変化)を測定するもののようだ。


 将来は、バイタルデータや問診内容が主治医に送られ、院内のスムースな移動や自動決済等を組み合わせることで、待ち時間短縮につなげたいそうだ。


【自動走行車両での移動】最大15人乗車でき、公道も走行できる低床式の車両に試乗した。実証実験では安全確保のために、本来席がある場所に位置情報等を示す機器を設置し、共催するマクニカと湘鎌の担当者が同乗している。今回は湘南アイパークの敷地内ではあるが、安定感のある走行で、社内も広々としていた。


 自動走行車両は、フランスのNAVYA(ナビヤ社)が開発。同社は「ファースト&ラストマイル」をテーマに、渋滞や大気汚染、ドライバー不足など、交通課題の解決に取り組んでいるという。日本国内でも、茨城県西端に近い境町や羽田空港で、2020年からシャトルバスとして導入されている。


【近距離モビリティ体験】降車後に湘南アイパークのビル内で、日本のWHILL(ウィル社)が開発した一人乗りの「自動運転モビリティ」WHILL Model C2に試乗した。初めてでも、肘掛けのコントローラー上で行きたい方向を軽く触ることで直観的に操作でき、ちょっと楽しい。小回りが利くのは、前輪に大小24個の車輪を組み合わせたオムニホイールを採用しているからだ。スマホ連携での操作も可能。C2本体の価格は50万円弱でレンタルもあるとか。


■「響き合え、科学」を謳う湘南アイパーク

 体験乗車の後、管理会社の担当者の案内で湘南アイパークの建物内を見学した。



 総工費約1,470億円をかけ、2011年に竣工した湘南アイパークは、平方メートルにして敷地面積220,000、建物面積72,000、総床面積308,000(それぞれ東京ドームの4.7倍、1.5倍、6.6倍)だ。5つのタワーを2本の広い通路「ブロードウェイ」で分け、同じ側をA(Animal)・B(Bio)・C(Chemical)棟としてきた。中層階(MF)を設けて、各社の業務を止めずに上下階のメンテができる構造も特徴だ。


 入居しているテナントが90社、入居していないが利用・参画できるメンバーは36社(2021年12月1日現在)。内訳は、製薬・創薬、次世代医療、細胞農業、研究開発支援、研究機器・医療機器、AI・IoT・ロボティクス、ビジネスサポート、ベンチャーキャピタル、行政、金融・保険、総合・専門商社などだ。現在、実際に働いている人は2,300人ほどで、うち武田の社員は3割。広大な面積に比べれば少ない人数なので、普段も廊下で人と出くわす機会は少なく静かだという。


 武田時代は広い区画(suite)を部門別に使っていたが、現在は入居者のニーズに合わせて小さい区画でも利用でき、要望に応じてコラボ可能な企業を近くに配するなどの工夫もしているとのこと。ブロードウェイの両側には、打ち合わせや休憩のスペースが多く設けられている。大学の研究室のように、研究内容を廊下面に掲示してアピールしている企業もある。


 セキュリティゲートのすぐ外には「響き合え、科学」をキャッチコピーとするポスターが3枚掲げられていた。この地に「多くの科学者、地域の人が集う」→「多くのヘルスサイエンス企業、バイオベンチャーが生まれる」→「サイエンスを目指す若者、それを見守る各世代が集い、闊達なコミュニティが生まれる」→「湘南の地から世界に向けサイエンスの波が起こり、さらに発展する」という壮大なビジョンをイラストで表したものだ。実際、コロナ禍前は、敷地を地域住民に開放してのイベント、研究者の家族を招いたファミリーデーや、子ども向け実験イベントなどを行っていた。


 もったいないほどの快適な設備なので、民間ではあるが、シンガポールのように国内外の高度人材を戦略的に誘致する仕組みはできないものかと思いながら、なぜか敷地内に鎮座する稲荷神社に立ち寄り、湘南アイパークを後にした。


■社会課題の解決を目指すMaaS

 そもそも論に戻るが、MaaS(Mobility as a Service、マース)とは、「多様な交通サービス(transport service)をひとつの移動サービス(mobility service)として統合し、利用者が必要に応じて自由にアクセスし、選択できるようにするもの」だ。


 英英辞書で“mobility”を見ると「自由かつ容易に動く/動かされうること」といった意味合いだ。転じて最近では人を運ぶ「移動体」を「モビリティ」と称する場面も多くなっている。例えば、2020年にトヨタが発表した実験都市「ウーブン・シティ(woven city)」計画では、道を、①スピードが速い車両(完全自動運転かつ環境汚染物質を排出しないモビリティ)専用、②歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナード、③歩行者専用(公園内歩道のイメージ)の3つに分けている。もはやハイブリッド車かEVかといった議論ではなく、自動車メーカーが今後の社会で生き残るための戦略ともいえる。


 MaaSの概念は2014年頃フィンランドで生まれ、欧州で発展してきた。欧州では自動車の大衆化や居住地域の郊外拡散が日本より先に起こり、交通渋滞や大気汚染も早期に顕在化していた。1970~80年代には国や自治体主導で都市交通改革の動きが始まった。主に1都市1事業者による公共交通運営、ゾーン制の運賃などもMaaS導入には好都合だったらしい。


 2017年の第1回国際MaaS会議で提案されたMaaSレベルでは、社会全体の目標の統合や課題解決を最上位に位置づけている。このとき例示されたオペレーターで、ロンドン交通局やHerzレンタカーはレベル0、Googleがレベル1。一方、MaaSアプリの先駆けWhim(ウィム)を開発したフィンランドMaaS Globalが提供するサービスはレベル3だった。


 Whimは多様なモビリティから経路選択でき、「指定エリア内の鉄道・バス・トラム・フェリー・自転車シェア・カーシェアは回数無制限、タクシーは最大5km×80回までで月額約6万円」といった定額プランを提供している。実は東京近郊でも実証実験中だが、こちらはまだ試していない。



 実家から近隣の病院まで、親の受診に付き添った場面を思い返してみると、医療費の自己負担は少ないものの、介護タクシーを利用すると移動に介助の費用がプラスされ、業者によるが結構なお値段だった。病院についてからも、荷物をリュックに背負い、車椅子を押して採血・検査・診察と異なる階を回った。受診する科によっては受付から病院を出るまで4時間くらいかかるのが普通で、こんなものだと、ある種悟りの境地だった。


 アプリひとつで楽々受診して帰宅する環境をつくるまでの課題は多々あり、どこでもすぐに実現というわけにはいかないだろうが、一定の地域内で試行し、成果や課題を広く示していく意義はあると思う。


【リンク】いずれも2021年12月10日アクセス


◎Peatix. “わくわく実証実験 医療×移動の未来を体験しよう!” →2021年12月4日~26日の土日開催


◎MaaS Alliance→2014年ヘルシンキでMaaSの概念が発表されたことを受け、翌年発足した国際組織


◎Whim. “日本で実証実験サービスを提供中!東京近郊を中心にご利用いただけます”


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。