コロナ禍初期から、新薬やワクチンと同じく、既存薬の有効性について報道が相次いできた。“日本発”という背景もあって「アビガン」や関節リウマチ治療薬「アクテムラ」といった医薬品は、注目度が高かった。
世界的に見れば、それ以上に注目されている薬が寄生虫駆除薬「イベルメクチン」だろう。米メルクが製造販売している薬だが、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授が創薬に深く関わった “準日本発”とあって日本での注目度も高い。
もともと動物薬として開発されたが、オンコセルカ症(河川盲目症)、リンパ系フィラリア症など、ヒト用の熱帯病の薬として30年以上の使用歴がある。
イベルメクチンをめぐっては、「効く」という報道が出たと思えば、有効性を否定する報道が出る。供給不足に陥った海外では、動物用を服用した人の健康被害のニュースもあった。
誕生の経緯、メカニズムから、新型コロナをめぐる議論まで、大村教授自らが編著者となってまとめたのが『イベルメクチン』である。
効果をめぐる議論は、2020年4月3日、試験管内の試験成績が抗ウイルス専門誌に掲載されたことから始まった。以降、〈既に感染者が増加し、イベルメクチンが一般薬局で容易に入手可能であった南米の諸国では、治療効果を確認する臨床試験が競うように始ま〉ったという。
インド、エジプト、イランなども臨床研究に熱心で、多数の試験からは、有効性を示す試験結果も出てきている。
ただし、〈多額の研究費を用意して行った試験はまだありません。病院単位や大学の研究グループなどが小規模に治験を行った例が多い〉のが実情だ。
逆に、イベルメクチンの適応拡大に対する否定的な動きもある。
製造販売権を有する米メルク社自身が2021年4月に有効性や安全性に関する批判的な声明を出している。製品を熟知している当事者が出しているだけに、インパクトが大きい。
WHO(世界保健機関)は〈開発途上国で実施された臨床試験はランダム化された比較試験であっても規模が小さく、効果判定にバイアスが掛かっているという理由から、確実性の低い臨床試験である〉として、イベルメクチンを臨床試験以外に用いることに反対している。
■企業や組織は新薬を優先
〈先進国ではワクチンや高度な科学技術により創製された全く新規の抗ウイルス薬の臨床試験が行われており、既存の「リパーパス医薬品」であるイベルメクチンの適用拡大を目指す企業や組織が存在していない〉。
開発の難しさがあるなか、薬自体は、ジェネリック医薬品や一般用医薬品として広く普及しているため、適応拡大に成功したとしてもリターンは小さくなる。一方、“専用設計”された新薬なら、通常は治療効果が高く、リターンも大きい。製薬会社の論理では、「イベルメクチンより新薬」となるはずだ。
このところ、新型コロナ関連では治療薬の承認、申請といったニュースが相次いでいる。まもなくイベルメクチンがなくとも治療ができる状況ができていくだろう。ただ、それは高価な医薬品の負担ができる先進国に限った話である。
途上国に目を向ければ、高額な薬代を負担できない国は多い。実際、新薬が先に登場したワクチンでは、新興国に十分な量が回らない事態が生じた。すでに海外ではオミクロン株の感染拡大が始まっているが、仮にイベルメクチンが新薬より効かない場合も、一定の効果があるならば救える命は増えるはずだ。
その意味でも、興和や北里大学病院などが行っているイベルメクチンの治験は注目される。ただし、ハードルは低くない。
大きなハードルは、治験参加者の不足だ。9月以降、日本のコロナ患者は急減していて、12月20日現在で、1日当たり感染者は174人(1週間平均)と低い水準で推移している。国としては喜ばしいことだが、患者がいなければ治験も進まない。
厚生労働省の対応も気になるところ。アクテムラも、欧州での適応拡大が先行して日本での申請に漕ぎ着けた。どう有効性を評価し、承認まで持っていくのか、先行している塩野義製薬の治療薬がベンチマークになりそうだ。
医学界や製薬会社だけでなく、各国規制当局、国際機関や公衆衛生機関……、さまざまな関係者の思惑が交錯しながら、今も玉石混交の情報が流れてくる。イベルメクチンめぐる議論の背景、コロナ禍のような有事における薬の承認体制といった問題を考えるうえで、本書は有用な一冊である。
ただ、効くのか効かないのか? 医療現場で普通に使える薬になるのか? 多くの人にとっての最大の関心事は、本書を読んでも結論は出ない。現在進行中の治験の結果を待つしかないようだ。(鎌)
<書籍データ>
『イベルメクチン』
大村智編著(河出新書935円)