血液検査で「中性脂肪(TG)が高めですね」と指摘されても、改善に取り組む時間は十分に残されている。一方でTGが関わる致命的な病気もある。中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)だ。細胞内でのTG分解障害の結果、心筋細胞や血管平滑筋細胞・多形核白血球等にTGが溜まり、治療抵抗性の心不全や狭心症をはじめ全身の組織・細胞に障害をもたらす。


 TGCV(triglyceride deposit cardiomyovasculopathy)は、2008年に平野賢一氏(大阪大学大学院医学研究科)らが、心臓移植の待機患者から見出した新しい疾患概念だ。2009年に厚生労働省・難治性疾患政策研究事業でTGCV研究班が立ち上げられ、2015年以降は日本医療研究開発機構(AMED)・難治性疾患実用化研究事業として病態解明および診断法・治療法の開発が進められてきた。


 研究班はまず大阪大学で把握した25例のデータをもとに診断基準と重症度スコアを開発し、2015年に診断の手引きを公開した。その後全国の施設でTGCVの診断がなされるようになり、手引きも2020年まで改訂が重ねられている。


現状では治療法は確立されていないものの、平野氏ら大阪大学グループが、中鎖脂肪酸を含む医薬品を開発。多施設共同プラセボ対照ランダム化比較試験を含む3度の医師主導治験、臨床研究により実現可能性(proof of concept:POC)を確認した。2020年6月に「先駆け審査指定制度」の第5回指定品目となった同薬について、大阪大学とトーアエイヨーは2020年2月に独占的契約を締結し、2021年4月に先駆け審査指定の申請者を後者に変更した。


 これまでの研究に基づき、TGCVは、細胞内でTGを分解する律速酵素の遺伝子変異に伴う「原発性」と、遺伝的原因が不明の「特発性」に分類されている。2021年3 月末までの累積診断数は337例(原発性11例含む)、うち58例(同7例含む)が死亡している。TGCV研究班によれば、原発性の患者はごく希少で日本で数十人レベル、特発性の潜在患者は全国の剖検心の病理学的解析から4~5万人レベルと推定される。


 TGCVの心症状は、生来健康だった人に20代以降から中年までに出現する。広く知られてはいない疾患であるために診断が遅れ、患者は別診断の治療に時間と多額の費用を要したあげく効果が得られないなどの困難に直面している。2021年12月1日~24日に開催された日本中性脂肪学会の「第1回中性脂肪月間」、同4日の「第4回学術集会」、同22日の「日本中性脂肪学会宣言2021」で学会とTGCV患者会は、TGCVの指定難病化を強く訴えた。


■細胞内で再合成後のTGが分解されない

 

 TGCVの病態仮説を理解するため、脂質の代謝をおさらいしてみよう。


 中性脂肪(トリアシルグリセロール、トリグリセライド、TG)は、グリセロール(グリセリン)に3つの脂肪酸が結合したものだ。脂肪酸は炭素数によって、短鎖脂肪酸(炭素数6以下)、中鎖脂肪酸(同8か10)、長鎖脂肪酸(同12以上)に分類される。食事由来のTGは、ほとんどが長鎖脂肪酸だ。脂肪酸は、細胞(脳・神経系の細胞と赤血球を除く)で酸化による分解(β酸化)を受けてエネルギーとなる。健常心筋では「長鎖脂肪酸」の脂肪酸代謝が主なエネルギー源である。


 水に溶けにくいTGは、①親水性部分を多く持つ脂質―蛋白質複合体(リポ蛋白)の形で血液中に分散して運搬され、②③血中リパーゼでいったん脂肪酸に分解されてから細胞に取り込まれ、TGに再合成される。その後、④「細胞内リパーゼ」群によって、グリセリンに結合した脂肪酸が順次外され、⑤ミトコンドリアに運ばれてβ酸化の材料となる。


 つまり、細胞内で再合成されたTGは、代表的な「細胞内リパーゼ」である脂肪トリグリセライドリパーゼ(ATGL: adipose triglyceride lipase)の他、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)、モノグリセライドリパーゼ(MGL)等によって、ジグリセライド(DG)やモノグリセライド(MG)へと分解されることになる。


 TGCV患者は、④の細胞内TG分解に障害があり、TG蓄積による「脂肪毒性」と長鎖脂肪酸の供給不足で生じる「エネルギー不全」の結果、細胞や臓器が障害されると考えられている。



 注意を要するポイントは、②血中と④細胞内でTG分解を司る酵素が別物であること。TGCVであっても多くの場合、②のリパーゼに異常はなく、細胞内のTG蓄積量と血中TGの値は必ずしも相関しない。また、体重や体格指数(BMI)とも直接的な関係はない。


 そこで、TGCVの診断基準では「心筋BMIPPシンチグラフィにおける脂肪酸代謝異常(洗い出し率10%未満)」を必須項目の第一に挙げている。BMIPP(iodine-123-β-methyl iodophenyl-pentadecanoic acid)は、半減期の短いヨウ素の放射性同位体で標識した長鎖脂肪酸アナログで、心筋虚血を含め、心筋の脂肪酸代謝障害の検出に用いられている。


 TGCV において、BMIPPシンチは、脂肪酸を利用できない病態の上流をみていることになる。



■患者の訴えを聴き、疑い例の発見へ


 前述のように、TGCVには「原発性」と「特発性」がある。原発性では細胞内リパーゼATGLのホモ型変異が認められる。特発性の原因遺伝子は、有無を含め現時点では不明である。



 平野氏は、中性脂肪月間の講演の中で、実際のTGCV患者のイメージを提示し、関連分野の臨床医に協力を求めた。その内容によると、患者の多くは心不全・心筋症・狭心症などの病名で標準的治療を受けている。ところが、非定型の症状や経過のために、訴えを無視されたり、診療を拒否されたりする例もあるという。


 非典型症状や経過とは、「心不全を呈するがβ遮断剤に対する反応が悪い」「狭心症を呈するが亜硝酸剤の効果が乏しい」「症状が空腹時や寒冷時(早朝や冬季)に増悪する」「冠動脈インターベンション時に再狭窄あるいはno reflow(きれいに開通しているのに血液が心筋に流れない)現象を起こした既往がある」などである。なお、糖尿病・腎透析がある患者、ない患者が半々である。

 平野氏は、よくある疾患・病態と鑑別する際の要点も挙げた。


【心臓外脂肪細胞の増加との違い】TGCVでは、心筋細胞内に脂肪が蓄積する。

【糖尿病性心筋症との違い】TGCVでは、心外膜冠動脈にTG蓄積型の動脈硬化がみられる。

【肥満症・高TG血症・脂質異常症との違い】TGCVでは、異所的な脂肪蓄積が特徴。ただし、これらの生活習慣病が併存することはありうる。


 看護師の問診では、TGCV患者から「安静時・労作時に関係なく、胸の中央あたりがいつも圧迫されたような重苦しい感じがある」「胸に張り付いたような重苦しい感じがある」「疲れやすい」「空腹に弱い」「手足の先が冷たい」などの訴えが聞かれる。鑑別の基本は、ウィリアム・オスラーの言葉『患者の言葉に耳を傾けよ。患者はあなたに診断を告げている』のように、医療者の姿勢に尽きるという。


■中鎖脂肪酸、エビデンスからの発展も


 TGCV患者は、心不全・狭心症・不整脈・骨格筋ミオパチー等に対する内科的または外科的な標準治療を受けているが、治療抵抗性で思うように効果が得られない。


 大阪大学は、食事療法の経験から、TGCVで蓄積したTGを減少させ、エネルギー不全を改善させる中鎖脂肪酸トリカプリンを高純度精製した医薬品のカプセル製剤「CNT-01」、さらに食品グレードカプセル「CNT-02」をアカデミア開発し、実用化を目指してきた。


 その過程でまず、TGCVモデル動物であるATGLノックアウト(KO)マウスの心臓TG代謝および心機能改善、寿命延長などからPOCを得た。その後、健常人単回投与の第I相試験、特発性TGCV患者を対象とする第I/IIa相試験、多施設共同のプラセボ対照二重盲検群間比較試験(第IIa相)と、トリカプリンを含有する食品成分を用いた臨床研究により、細胞内TG代謝の改善等が認められた。その成果が「CNT-01」の「先駆け審査指定制度」対象品目指定(薬生薬審発0619第1号)につながった。


 研究の中で興味深いのは、ATGL-KOマウスを、離乳直後から通常の食餌(10%[w/w]の脂質の全てが天然コーン油)またはトリカプリンを多く含む食餌(トリカプリン8%、コーン油2%)で飼育した後、心筋について、高感度質量分析(LC-MS/MS)とデータベース検索により試料中の蛋白質を網羅的に解析した「ショットガンプロテオミクス」の結果である。検体に共通の1,832の蛋白質を同定・定量したところ、KOマウスでは、そのうち65がアップレギュレートされる一方、2がダウンレギュレートされていた。後者の1つは、TGの細胞内代謝に関わることが知られている Ces1dだった。KOマウスでみられた蛋白質の変化は、トリカプリンを多く含む食餌で改善された。


 長鎖脂肪酸は、他の脂溶性の栄養素同様、小腸から吸収された後、リンパ管を経て静脈を通り、脂肪組織・筋肉・肝臓に運ばれ利用される。一方、中鎖脂肪酸(medium chain fatty acid: MCFA、medium chain triglyceride: MCT)は、水溶性の栄養素と同様、門脈から直接肝臓に運ばれ効率よく分解されため、静脈栄養剤や経腸栄養剤に一部利用されている。また、一般向けの機能性表示食品として、カプリル酸(炭素数8のオクタン酸)とカプリン酸(炭素数10のデカン酸)を含む「MCTオイル」も市販されている。


 TGCVにおけるエネルギー不全を解消するために中鎖脂肪酸を利用するのであれば、いわば対症療法だが、「CNT-01」が蛋白発現に好影響を与えるとしたら、役割・位置づけが変わってくる。開発過程で、よりレベルが高いエビデンスが得られることで、中鎖脂肪酸の利用について新たな展望が開けるかもしれない。


 希少難病と聞くと自分とは縁がないと感じてしまいがちだが、もっと身近な循環器疾患の患者の中にTGCVが潜んでいる可能性がある。特発性を含め、さらなる病態解明が期待される。


【リンク】いずれも2022年1月11日アクセス


◎厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 中性脂肪蓄積心筋血管症研究班.

https://tgcv.org/


◎平野賢一:中性脂肪蓄積心筋血管症―この難病を1日でも早く克服する―. 日本内科学会雑誌. 2017; 106(11): 2385-90.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/106/11/106_2385/_article/-char/ja/


◎Hara, Hirano et al. Effect of tricaprin on cardiac proteome in a mouse model for triglyceride deposit cardiomyovasculopathy. J Oleo Sci. 2020; 69(12): 1569-1577.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jos/69/12/69_ess20185/_article/-char/en


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。